Sector-1 :KANADE-1

『バーサス』が送られてきて涼川さんは俄然、やる気。
一方で私の方は……。

照明を落とした生徒会室。真ん中をつらぬいて、プロジェクターの光の帯がとぶ。スクリーンに踊るのは、「Virtual Circuit Streamer」のロゴ。

「きゃーっ、あがるーっ!」
「生徒会室で騒がないの」
「あ、これはこれはすみません」

涼川さんは悪びれもせず、ポータブルピットからマシンを取り出す。
中等部の校舎でネット環境があるのは生徒会室だけということで特別に貸し出したのだが、バッグも、脱いだ上着も、引き裂いた段ボールも辺りに散乱している。
その中心にいるのが、トゥインクル学園ミニ四駆部キャプテン、涼川あゆみ。

あのエキシビションマッチの後、生徒会の承認を得た「ミニ四駆部」の設立願いは職員会議をあっさりパス。
同時に生徒会長である私は、「財団」……正式な名前は「日本モータースポーツ振興財団」へ、トゥインクル学園ミニ四駆部の登録手続きを行った。
1週間の後、意外なほどちいさな段ボール箱が送られてきた。それがいま二人の目の前にある軽金属の機械、『バーサス』の端末である。
見た目はスピードチェッカーに屋根がついたようなもので、スイッチが入ったマシンを入れれば、下部でマシンの走行スピード、上部でセッティングと空力性能を読み取り、仮想空間上に自分のマシンを出現できるのだ……と、さっき涼川さんにまくし立てられた。

「聞きたいんだけど」
「なんですか、会長?」
「ミニ四駆って組み立てたマシンがコースを走るものでしょ? なんでわざわざロボットのプラモみたいにシミュレーターを使うの?」
「うーん、それはですね」

マシンを準備していた手を止めて、涼川さんがこちらに向き直った。

「今、私たちがミニ四駆を走らせられるコースはほとんどないんですよ」
「え? ……あの『インジャン・ジョー』のコースは?」
「もうないですよ。最近はオトナのチューナーがほとんどですから、『ミニ四駆バー』っていって、お酒をのみながらオトナ同士で楽しむってのがメインなんです。それにコースは場所つかいますからね……なかなか難しいみたいですよ」
「そうなの……」
「そこで現れたのが『財団』で、コースを敷く場所がなくてもミニ四駆を楽しめるようにってことで作られたのが」
「『バーサス』、なわけね」

涼川さんはうなずいて、作業を再開する。ログイン画面を抜けると、コースの選択へ。国内のどこからでも、24時間常にだれかがマシンを走らせている。そんな空間がネットの世界に広がっている。

エアロサンダーショットが、ピットから出てコースインする。青空のもと、焼けたアスファルト、焦げるタイヤの匂いまで伝わってきそうな錯覚におちいる。

「確かに、これなら、私にもね……」

そんな言葉が、反射的に漏れた。涼川さんに聞かれているとも知らず。