Sector-6:KANADE-3

エアロアバンテは待っててくれた、私が また走り出す日を。
そのことがわかって……。

「ひさびさにしては、なかなかですね」

涼川さんが、腕組みしながらモニターを見つめている。前戸のおじ様は黙々と仕込みを続けている。

「じゃあピットインして上がりましょうか」
「うん……」

私はインカムのマイクを引き寄せる。

BOX This Lap.(ピットインせよ)
Copy.(了解)

『バーサス』の世界で、私はホームストレートにもうけられたピットに立っている。サイレンが鳴り、ピットレーンにエアロアバンテが入ってくる。
ブルーの車体にはタイヤのカスやグリスの汚れがついてはいるが、それはコースで走ったがゆえのもの。私にはそれがかえって誇らしげに見えた。
ガレージ前で止まり、リヤからガレージへ収まっていく。あくまで『バーサス』が作り出した映像ではあるけど、そこには私のエアロアバンテが生きて、動いている、確かにそう感じることができた。

「ふーっ」

思わず大きく息をつきながら、インカムを外す。

「どうでした?」
「うーん、まだわからないけど、どうにか走れるかな」
「そうですよ! エアロアバンテはまだまだ現役のマシンです! それに、時々メンテナンスされてたみたいですし」
「ああ……大したことはしてないけど」
「いやいや!何もしないよりは数段ましです!電池の入れっぱなしとか、モーターのさびつきとかしちゃう人いますから!」

まくしたてる涼川さんは、このまま何時間でもしゃべり続けるんじゃないかと思わせるような勢いがあった。その声が不意にとまる。

「……笑いましたね」
「え?」
「いや、生徒会室では笑ってるの見たことなかったんで」
「な…何よ」

顔がほてるのが自分でもわかる。涼川さんがニヤニヤしながらこっちを見てるのがわかったので、前戸のおじ様に助けてもらおうと振り返ったが、やはりニヤニヤしながら仕込みを続けている。

「会長、かわいいですね~!」
「もう、やめてよ!」

顔を伏せたとき、まだマシンが『バーサス』に入ったままだったことに気がつく。手を伸ばそうとしたところで、先に涼川さんが取り出した。

「さっきのミニ四駆部のこと、本当にいいですか?」

涼川さんの手に載ったエアロアバンテ。琥珀色の照明を、キャノピーが反射している。

「あなたが言ったこと、絶対?」
「え?」
「私ひとりじゃない、ミニ四駆部ならもう一度、秀美に勝てるって」
「うーん、勝てるかどうかは。でも走り続けていれば、挑戦できるようにはなりますよ」
「挑戦。そうね……」

マシンを受けとる。モーターはまだ熱が残っていて、シャーシを通してもそれが伝わってくる。バッテリー、タイヤ、すべてにまだぬくもりが残っていた。

「悪いけど、いろいろ教えてね」
「おやすいご用です!」

握ってきた涼川さんの手は、もっともっと、熱かった。