Sector-fimal:HIDEMI-1

奏が戻ってきた。
まさか……。本当、あの娘の勢いにはかなわないわね。

折り重ねられたガラス繊維がつくる文様。表面にリューターの刃を走らせて、本来の形を崩していく。
カーボンのプレートは高くて、私の手には届かない。でもしっかりと作っていれば、FRPでも結果は残せる。それが私の、《女帝》と呼ばれるチューナーのポリシー。

手を休め、カフェオレに手を伸ばしたときにメールの着信音がなった。

「奏……。」


From:<かなで>RA122E_B@hardbank.ne.jp

subject:ただいま。
さっき涼川さんに会ったのね。
また個人情報をもらしてくれたみたいで( ̄^ ̄)

でも、おかけで決心がついた。
私はあなたみたいに器用じゃないけど、でももう一度やってみようと思う。
生徒会長だけど、ミニ四駆部の部員として。

マラネロ女学院は当然、選手権には出るのよね?
なんとかトゥインクルもチームを作って出るようにするから(^o^)/

できるかどうかはわからない。
でも、私はやりたい。ミニ四駆のレースを。

そう思えるようになった。
じゃ、また今度。

「そっか」

わたしは部屋のカーテンを開け、窓を開けた。
こもった空気が抜けて、暑い風が入ってくる。
セミの声が、かすかに聞こえている。

「でも、まずは自分のたたかいをさせてもらうわ」

作業中のマシンを手に取る。
アスチュートJr.の、真っ赤なクリアボディは、シャーシ後方から伸びたアームに支えられていて、触るとかすかに揺れる。
前後のスライドダンパー、大径のオールアルミベアリングローラー、そして細身のタイヤ。サラブレッドのようなアンバランスさが、このマシンを作った理由をものがたっている。
見ていて楽しくはない。速く走るために形を崩した、わたしのマシン。
それでも勝ちたい。いや、勝つためにできることは全部やりたい。

「ジャパンカップ……。ジュニアクラス、わたしの最後の夏だから」