Sector-1 :HIDEMI-1

今日は特別な日曜日。
今までつづいた私の挑戦に、ピリオドが打たれる。

カーテンの隙間からうっすら入り込んでくる光で目が覚めた。
スマホのアラームはセットしておいたけど、それよりも30分早い。

今日は日曜日。いつもならもっとゆっくりと起きる日だけども今日は違う。
ジャパンカップ東京大会、その3回目。今日が終われば、私にとって大きな区切りがつく。

着替えて部屋を出ても、家の中は暗いまま。それはそうだ、私以外には誰もいないんだから。
母は昨日の夜から仕事に出ている。夜の仕事といってもいかがわしいものではなく、その正反対。人の命を救う仕事、要するに医者だ。
母は重宝されているのだろう。週の半分は帰ってこられないか、私が寝ている時間に帰ってきて起きる前に出ていってしまう。実際、おととい・きのうと母の顔は見ていない。
だからといって、なにも不満はない。誇れる仕事をしているのだ。むしろ感謝しているくらいだ。

朝ごはんはどこかで買って食べればいい。会場についてからの時間はたっぷりあるのだから。
昨晩の内に整えてあった荷物を確認する。ポータブルピットは1段だけ。余計なものを持っていっても重いし、何よりもうセッティングで迷うことはない。ケースの中身、下半分は最小限のビス類、ローラーのスペア。そして上段には、勝負を託したマシンが納められている。

「行こうか、アスチュート」

FRPプレートで作った可動式の低重心アームの上、赤く塗装したボディはかろうじて原型をとどめている。ケースを閉めると、マシンの息苦しさが伝わってくるようだ。
関東でのジャパンカップはこれが最後。オータムカップは今年も多分あるけど、三年生は受験生になってしまう。そうなると、ジュニアとして参加できる公式大会は、もう残っていない。
次こそは、と思いながら結局ここまで来てしまった。焦りは当然あるけれど、焦ってもどうにもならないこともわかっている。

「勝たなきゃ……」

誰にも聞かれるのことのない言葉を残して、私は鍵を閉めた。
雲の隙間からのぞく光は弱く、厚い雲が音もなく流れる。
ふと私は気づいた。そうだ、今回はこれまでとは違うんだ、と。
スマホを取り出して、緑色のメッセージ交換アプリを立ち上げた。
>もう出るよ。二人とも受付終了は意外と早いからね!
グループに入っているのは、涼川さんと、奏。レースの会場で誰かと待ち合わせるなんて、いままでにはなかったことだ。レースよりもそっちの方が緊張するかも。
私は、メッセージが送信されたことを確かめて、小走りに駅へと向かった。