Sector-2 :KANADE-1

3人目の部員候補、猪俣ルナ。
その素性を私は知っている。知っているけど…。

「猪俣ルナ、2年Y組。出身地は名古屋、推薦でトゥインクル学園に入学、趣味特技なし、現在所属の部活……なし、ですか」

昼休み、涼川さんが屋上に呼び出すのでなにかと思ったら、手書きのメモを渡された。てっぺんには大きく、「新人スカウト計画」の文字。

「会長、そんなとこはみんな知ってるから、その下を見て」
「は? えーと……ルナについての2年生のウワサ? なんですかこれ?」
「つまり、あたしがあの娘をオす理由!」
「はあ……。じゃあ最初からそう書きなさいよ……。なになに、その1、おウチが超お金持ち、カッコ、ある国のプリンセスかも……?」

私は頭をかいた。確かにあの豊かに縦ロールを描く髪、透き通るようなブロンドヘアーは日本人のそれとは思えない。でも顔立ちは東洋のそれだし、日本語に不自由している様子もない。

「プリンセスってのはちょっと、なんというかマンガの読みすぎじゃない?」
「いーえ。ルナの口からは何度か怪しい言葉が出てきてます」

手元のメモには書かれている。「セルジナ公国」という言葉が。ただし「?」マークつきで。

「これについてはわたしも聞いたことあるけど、ウワサよね。仮にそれが真実だとして、それとミニ四駆と何か関係ある?」
「お金があれば、パーツをたくさん買えます」
「買えるっていっても、個人の買い物は部活で使えませんよ」
「えー」
「しょうがないでしよ」

とはいっても、個人のマシンを速くするためのパーツは基本的には自腹である。自由に使えるお金が多いに越したことはない。

「じゃあもうひとつの方」
「なになに、その2? えーと、レースが好きっぽい、カッコ、これはあたしが昨日聞いた、ですか……」
「そうですよ。昨日あたしがグランプリレースを見てたらスッとあらわれて」
「そう……たまたまじゃないの?」
「いやいや、それなりに知ってるような感じでしたよ」
「じゃあ、興味は持ってもらえるかな」

予鈴がなった。昼休みもあと五分で終わる。

「一応、今日の放課後、見てみたいって言ってくれました」
「へぇ……。まずは一歩、ゴールに近づいたかな」
「まずは、生徒会長の意外な一面にビビらなきゃいいですけど」
「涼川さん!」

言いながら、期待よりも不安が膨らむのが自分でもわかった。
猪俣ルナ。本当は、生徒会長ゆえ素性は先生から聞かされている。マァス・ドオリナ・サレルナ、それがあの娘の本当の名前。そして、ヨーロッパの小さな国、セルジナ公国の第三皇女。
そんな娘が実際にいるのも驚きだが、この日本の学校に、まるで隠すように通っているというのも驚きだ。私にとって、彼女を他の生徒から守ることは生徒会長としての義務。だからと言ってミニ四駆部に入れてしまうのが本当にいいことなのか……。
迷いは尽きない。