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ミニ四駆選手権全国大会は、全国四か所の会場を巡回するかたちでおこなわれる。全国二〇ブロックの代表となったチームは四チームずつ五つのブロックに分けられ、リーグ戦を行う。各ブロックの上位二チームずつ、合計十チームが決勝に駒をすすめることができる。
初戦の舞台は福岡、ワカタカドーム。主催者である「財団」が手配したチケットで、「すーぱーあゆみんミニ四チーム」は福岡へ飛んだ。

「涼川さん!」

奏の声が聞こえて、あゆみは辺りを見渡した。

「あ……」

フカフカの人工芝。そびえるグリーンのフェンス、そして開閉機構を備えた高い天井。客席には、同時開催のオープンクラスの大会に出場した選手や、ジュニアクラスの選手の姿が数多く見える。ワカタカドームの中は、開幕戦に向けた熱気に満ち溢れていた。

「もうそろそろ、開会式が始まるのよ?」
「う、うん、すいません」
「また、その青い帽子のコのこと?」
「あ……」
「別に隠すことじゃないでしょ? 私たちに話してくれたんだから」
「そうよ。あゆみちゃんのコンディションは、私たち全体の問題ですもの」

ルナが、あゆみの方に優しく手をのせた。

「ハコ車が嫌いなんてさーナメてるよなー。ボクたちのコペンを見せつけて、考えなおさせてやりたいよ」
「たくみ、別にミニ四駆の話じゃないんだから」
「えー、そうかなー?
「クルマの話だから」
「ミニ四駆だってクルマだろー?」

じゃれ合うようなたくみ・たまおを見て、あゆみは小さく笑った。チーム結成から半年足らずだけど、一緒に走ってきた仲間たち。あゆみは、出発の前日に、ヤムラショールームであったことを四人に打ち明けていた。クルマが好きなはずなのに、向こうに見えるフェンスのように高く厚い壁で阻まれたような感覚。その感覚の正体が何なのか、あゆみはずっと気になっていた。

「たまたま、そういうコに会ったってだけでしょ? 日本は広いんだから、そんなコも中にはいるわよ」
「うん……そうですね、会長」

照明が消え、正面のスクリーンにスタイリッシュな映像が流れる。ダンスミュージックが、参加チームとギャラリーの高揚感を高めていく。地区大会とは比較にならない、大掛かりなセットと演出。あゆみはあっけにとられた。
主催者のあいさつやルール説明は淡々とすすんだが、あゆみの意識には入ってこない。緊張と、これからの戦いへの不安が、あゆみの気持ちを包んでいく。

……あゆみさん、レースは楽しい?
……極めてる感じが、私は好き。
……【勝ち】を覚えちゃうと、【負け】を許せなくなる。
……極めてないんだよ、こいつら。

いけない。今はそんなことで気持ちを揺らしてる場合じゃない。あゆみは、ブンブンと頭を振って、前を見た。司会者の声が、初めて耳から聞こえてくる。

《それでは、選手宣誓を昨年の優勝チームから行っていただきましょう!》

ステージに人影が現れる。その顔は、あゆみの立っている場所からは分らない。
去年の優勝チーム。乗り越えるべき壁。これから立ち向かう相手が明らかじゃないからこそ、モヤモヤも大きくなる。そうにちがいない。あゆみはそう思い、スクリーンを見上げた。大会ロゴから画面は切り替わり、壇上の少女がアップで表示された。

「う……うそ……」

レッドとホワイトに彩られたユニフォームを着てはいるが、ブルーの帽子は見間違えようもない。一礼した後、顔が大きく映った。記憶が生々しくよみがえる。あゆみは、右の拳を固く握った。マイクを通じて、宣誓がドームに響き渡る。

《聖ミニヨン学園ミニ四駆部、【チーム・ガディスピード】キャプテンの瀬名アイリーンです。

レースをすること。
戦うこと。
それはわたしの身体を、血のように流れています。それはわたしの一部であり、今まで生きてきた、人生そのものです。
わたしはそれを、レースをずっと続けてきました。
それは何よりも、大切なものだと思っています。

ディフェンディングチャンピオンとして、私、瀬名アイリーンは、エアロマンタレイと共に全力で戦います。
皆さんも、悔いのないように頑張りましょう。
ありがとうございました》