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「カナガワエリア最大級」と貼り紙が出された、テナントビルの最上階。10セットを超えるジャパンカップジュニアサーキット(JCJC)がつなぎ合わされたコースを、二台のミニ四駆が走っている。《バーサス》上ではない。リアルのミニ四駆コースである。
ストレート主体のセクションでは、グリーンのマシンが先行する。テーブルトップを飛び越えて、ねじ込むようにコースを突き進んでいく。しかし着地でスピードが鈍ると、後方からブルーのマシンが追い上げる。コーナーを抜けるたびにその差は縮まり、ついには逆転する。
抜かれたグリーンのマシンは、再び直線で加速し、ドラゴンバックと呼ばれる、ジャンプ台に似たセクションに差し掛かる。軽い動きで宙に浮かんだマシンは、空中で滑るように傾き、コース壁にタイヤを載せてコースアウトする。それを尻目に加速したブルーのマシンは、コース最大の難所である40度のバンクに突入する。が、上り始めでタイヤが空転、パワーをあり余したままゆるゆると滑り落ちる。

「くっ……」
「うひーっ!」

たまおとたくみ、二人の声がシンクロする。一方はシャーシの腹を見せて、一方は坂下でブルブルと震えて、2台のコペンは止まっている。二人はさほど慌てる素振りも見せず、マシンを回収するためにコース内に入った。

「なるほどね」

二人の背中に、するどい声が投げかけられる。マシンを取り上げて振り返った先、声の主はまぶしい茶髪の頭を掻きむしりながら言う。

「こいつは大変だな」
「あーあー、もう、ギャル子ちゃんに言われなくてもわかってるよ」
「自明の、理」
「わりぃわりぃ」

藤沢凛は腕を組んだ。首を回して、ため息をつく。

「しっかし、どっから手をつけたもんかね」

カナガワ地区大会の後、凛とたまお、たくみは「何かあったときのため」として連絡先を交換していた。凛は、いずれ全国大会優勝の報告が来るものだと決めつけていた。が、初戦の翌日に「話したいことがある」と切り出されるのは全くの想定外だった。

「まあ、藁にもすがるってヤツだよねぇ……」

早乙女姉妹は、凛にとってカナガワ地区大会で顔を合わせただけの仲だが、それでも意気消沈しているのはよくわかる。カナガワ地区の予選ではチーム内最下位のタイムとコースアウト。とくにたまおのコペンRMZのクラッシュは、地区大会を通じてもっとも派手なクラッシュだっただけに、凛の印象もひときわ強いものだった。それと対照的に、先頭走者として出走したたくみの印象は、全くない。決勝前のランチで顔を合わせたところからしか記憶は始まらない。
凛のチーム《ショウナンナンバーズ》を下して臨んだ全国大会の予選ラウンド初戦で、早乙女姉妹のコペンは相手チームのエースに周回遅れにされるという結果に終わる。それだけではなく、チームメイトのあゆみ、奏、ルナが優勝こそ逃したものの、僅差の2~4位を占め、マシンのポテンシャル、そしてレーサーの戦略ともに大きな差があることが露呈してしまった。
席に戻ってくる足取りに力はない。気分転換に《バーサス》ではなくリアルに走らせることを提案した凛だったが、それどころでは解決しようもないことは明らかだった。

「まあ、お前らが今どんな感じなのかは大体わかった。で、どうしたいんだ?」

ふたりの気持ちを分かっていたからこそ、あえて凛ははっきりと言った。しかし言葉は返ってこない。

「だいたい決まっるんだろ?」
「……はい」

絞り出すように、たまおが言った。たくみは不貞腐れて、窓の外を眺めている。

「いつだか、あなたに言われたこと。『軽自動車じゃこの先キツい』というのを実感してる」
「ボクはそう思わないけどね!」
「たくみ、邪魔しないで」
「フン!」
「まあまあ……で、どうするんだ? 思い切ってニューマシンにするかい?」
「ん……」

たまおが口ごもる。

「ニューマシン……その方がいいんだろうけど、今から準備して次のラウンドに間に合わせられるか……」
「まあ、そうか。たくみはどうなんだい」
「ボクは、まだコペンに出来ることはまだあると思うんだ。だから簡単に変えるってのは」
「でも二台まとめてジルボルフにあっという間に抜かれたのよ。ジルボルフだけじゃない、あゆみのエアロサンダーショットにも」
「そりゃ、そうだけど……でも、あのコースがコペン向きじゃなかった、ってだけで、次とその次、ボクらでも戦えるコースになるかもしれないじゃん」
「そんなの、わからない」
「はーい、わかったわかかった、わかった!」

向かい合っての怒鳴り合いになり始めたところを、凛は両手で制した。

「何がわかったのさ!」
「……邪魔しないで」
「いやいやいやいやいや、わかったから。お前らが俺を呼んだのはミニ四駆のことじゃなくて、兄弟ゲンカを仲裁してほしいってことなんだな」
「ちがうっ!」
「ちがうっ!」

完全に同時に放たれた二人の言葉に、凛はニヤリとほほ笑んだ。

「よし、じゃあ俺から一つだけ言わせてもらおうか。昔読んだミニ四駆のマンガで同じような場面があってさ、そこに通りがかった博士がこう言うのさ。
《別々に作って、いい方を選んでみてはどうかな》
ってさ。お前らもそうしてみちゃいいんじゃねぇか?」

たまおとたくみは、しばらく顔を見合わせて、凛に向き直ると一つ大きく頷いた。

「はははは! 面白いことになったな! じゃあ一週間後だ! 一週間後にここで結果発表だ! いいな! 以上、解散!」