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日曜日のナゴヤ駅。一台のバスがゆっくりとターミナルに入ってくる。未明にヨコハマを出発し、およそ六時間の行程を終えてナゴヤにたどり着いたバスは、長旅の疲れを車体にまとわりつかせているようだった。
降りてくる乗客は、みな若者たちばかり。新幹線を使えば一時間半で済むところを、出費を抑えるために深夜バスを選ぶのだ。ひとしきり乗客が降りた車内を係員が見回ると、一人の少女がまだ席で眠っているのに気付いた。眉間にしわを寄せ、うなされつつも目が覚める様子はない。

「お嬢さん! 着きましたよ!」

係員が声をかける。

「う……やめてぇ……お、お尻のお肉が……とれちゃう……」

悪い夢を見ているのだろうか、少女のうわごとが聞こえてくる。

「お嬢さん!」
「うわっ!」

一喝されて、川崎志乃ぶはシートから身体を起こした。ぼんやりした意識のまま辺りを見回す。バスはすでに停車していて、周りに乗客は誰もいない。何秒か考えてから、志乃ぶは慌てて立ち上がった。そして足元に置いたリュックを手に取って、そそくさとバスから降りていった。
同乗していた客はすでにおらず、ターミナルにはバスのアイドリング音と車両誘導の笛の音だけが響いている。初めての場所で志乃ぶは心細くなるが、リュックの肩ひもを強く握って歩き出した。

「まだ……時間はだいぶあるわね」

歩きながら腕時計を見ると、六時を少し回ったところだった。平日であれば通勤客がナゴヤ駅に集まり始めている頃だが、休日ということもあって人影はまばらだ。売店や飲食店はほとんどが開いておらず、足音がひたすら遠くまで響く。
不意にぐう、と腹の虫が鳴く。誰も聞いていないはずだが志乃ぶは頬を赤くした。

「む……とりあえず、なんか食べなくちゃだわ」

志乃ぶは辺りを見回した。駅に隣接したホテルへ続くエレベーターの乗り口を見つけたが、ホテルの朝食を食べられるような余裕はない。ここは手近な喫茶店か、ファストフード店を探すしかない。志乃ぶは駅地下街への入り口を見つけ、小走りで階段を降りていった。