チャイムの音に続いてエレベーターの扉が開くと、真っ先にあゆみが飛び出した。「もう、早く行こう! あたし、お腹すいちゃったよ」
たくみとたまおが、あゆみを追いかけてエレベーターを降りる。
「そう慌てなくても大丈夫だろ?」
「朝食は逃げない……多分」
さらに奏が続く。
「ちょっと、まだ朝はやいんだから、あんまりはしゃがないでよね」
ルナは、エレベーターの「開」ボタンを押し続けた後、奏を小走りで追った。
「あ、あゆみちゃん、皆さん、待ってください!」
「ミニ四駆選手権」の予選ラウンド三戦は、いずれも土曜日の夕方に行うスケジュールになっている。遠隔地からの参加者は当日中に帰ることができないため、「財団」は後泊用のホテルを全チーム分おさえている。だが「財団」が用意するのは宿泊施設のみで、食事については各チームの負担で適宜とるように案内がされている。せっかくのホテル泊まりだからと、奏は朝食バイキングの値段を調べたものの、ミニ四駆二台分以上に相当する金額に驚き、他で食べることを提案したのだった。
「地下街ってこっから降りていくのかな?」
「そうだって書いてあるだろ、あゆみ!」
「場所は調べてあるんだから、いくよ」
「あ、たまお、待ってよ!」
あゆみを追い越して、たまおとたくみが下りエスカレーターに乗り込んだ。
「あの二人、元気になりましたね」
ルナが不意に口を開いた。
「あの二人……って、たまおちゃんとたくみちゃん?」
奏は、追いかけようと踏み出した足をその場で止める。
「そうね。距離感が自然になったっていうか、力が抜けてきたっていうか」
「レースも、あの二人のニューマシンに助けられたというか……私がきちんと走れていればもっと楽に進められたのに……」
ルナの視線は遠くにあった。あゆみと、たまお、たくみの姿は既に無い。
奏は、ルナの肩に手を置いた。ルナは反射的なに振り向き、奏の顔を見た。
「会長」
「チームとして勝てたんだから、《よし》としようじゃない」
「すみません、お気を使っていただいて」
奏は軽く、ルナの肩をたたいた。
「別にいいのよ。じゃあ行きましょう」
「はい! あ、あと」
奏は「上級生らしいことができた」と満足していたが、ルナの言葉に驚いて足元がよろけた。構わずにルナは言葉をつづけた。
「今、言う事じゃないかもしれないですけど、私、姉がふたりいるんです。今までお話ししてませんでしたが。でも、別に隠すようなことじゃないと思いまして」
「お姉さん? そうなの?」
奏は知っていた。ルナが入部する直前に、セルジナ公国について調べていた時に、その事を匂わせる記述をいくつか見ていたからだった。猪俣ルナこと、マァス=ドオリナ=サレルナの皇位継承権は第三位。一位と二位の人物は、順当に考えればルナの兄あるいは姉ということになる……。奏の妄想にちかい想像は正しかった。
「たまおちゃんとたくみちゃんが、仲良くしてるのを見てたら、ちょっと思い出しちゃって……あ、別に、何でもないです」
「そう? それならいいけど」
「ごめんなさい、変なこと言っちゃって。急ぎましょう!」
ルナは顔を伏せながら、小走りでエスカレーターに向かう。気落ちしているルナを励ましたはずなのに、うっかりルナのプライベートに踏み込む切っ掛けを作ったことを、奏は僅かに後悔していた。