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あゆみ達がたどりついた喫茶店は、ナゴヤに一号店がある全国チェーンの系列だけあって、店内は早朝にも関わらず観光客や若者で混みあっている。
店員に人数を聞かれ、あゆみは「5人」と答えた。店員は店内を見回してから、少々お待ちください、と言い残して駆け出してしまった。

「こりゃ、全員かたまって座るのは無理かもね」

店内に四人がけ、二人がけのスペースにいくつか空きがあるものの、つなげて五人分にできそうな場所はない。席の確認を済ませた店員が戻ってきた。

「四人がけのテーブルと、お一人ご相席でよろしければ、並んでご案内できますが」
「相席、ですか……。みんな、別にいいよね?」

あゆみは振り返った。四人は口に出さないものの、異論がある様子ではなかった。

「お願いします」
「ではご案内します」

店員に連れられて向かった先には、二人がけのテーブル席が二つ、つなげられている。もう一つのテーブル席には、中学生くらいの少女の姿があった。のぞき込むのはマナー違反と自覚しつつも、あゆみは横目で少女を見る

「ん?」

長いツインテールの髪型は、つい最近、カナガワで見たことがある。強烈な記憶がある、ひとりの少女の姿が浮かんだが、ここはナゴヤだ。カナガワの女子中学生がふらっと来れる場所ではない。人違いだと思ったその時。

「あれっ、しーちゃん?」

ルナが声をあげた。声をかけられた相手は、ビクッと全身を震わせて顔を上げた。

「猪俣……ルナ?」
「あっ、やっぱりしーちゃん! どうして?」
「その前に、公共の場で、その呼び方、やめてくれる?」

志乃ぶは顔を赤くして抗議する。

「え、川崎さんなの? あの、地区大会では秀美の為に、ありがとう」

奏が一礼した。

「あ、べ、別に、私は何にもしてないから、そんな、お礼なんて結構よ」

志乃ぶはさらに顔を赤くして、手を振って講義する。

「とりあえずせっかくだから、席はくっつけちゃおう」
「はーい」
「承知」

あゆみの号令に従って、たまおとたくみがテーブルを動かす。その間に、なぜか志乃ぶの皿とグラスは真ん中の席に移動させられ、「すーぱーあゆみんミニ四チーム」で志乃ぶ一人を取り囲むような席の配置になっていた。志乃ぶの拒否は受け入れられないまま、五人はトーストのモーニングセットを頼み、そそくさと食べ始める。

「あなたたち、なんでこんなところにいるのよ?」

挨拶もそこそこに、小倉トーストをむしゃむしゃと頬張るあゆみたち。既に食べ終わっていた志乃ぶが声をあげた。

「あ、あれ? 知らなかったんだ。《ミニ四駆選手権》の第二戦」
「ちょっと、あなたそれでもリーダーなんでしょ? 口の中のものがなくなってから喋りなさいよ」
「あはは、ごめん」
「まあいいけど……そっか昨日か……で、結果はどうだったの?」
「うん、あたしはリタイヤしちゃったけど、たまおが先頭でゴールして、なんとか一勝」
「あら、よかったわね。 で、ルナはどうだったの?」

ゆったりと紅茶を飲んでいた、ルナの表情が硬くなる。

「私は……クラッシュしちゃって。それよりしーちゃん、《選手権》を見に来たんじゃないのね?」
「あっ……いや、別にいいじゃない」
「なんでだよ、教えてくれてもいいじゃん」
「興味あり」

ルナとたまお、たくみが身を乗り出して志乃ぶに迫る。志乃ぶは顔を遠ざけようとするが、プレッシャーからは逃れられない。

「くっ……しょうがないわね、ライブよ、ライブ」
「ライブ?」
「誰のライブだよ、そこまで教えてくれてもいいじゃん」
「さらに興味あり」

三人がさらに近づいて、志乃ぶは恐怖すら覚えた。

「……チッカ・デル・ソル」
「え? 誰?」
「知らないの?」

場が一気に静かになり、志乃ぶは気まずそうに言葉をつづけた。

「チッカ・デル・ソル……いま世界で活躍するスーパーアイドルよ。でも、テレビとかには一切出てないから、あなた達が知らなくても無理はないわね。チッカは、メジャーな事務所とかCD会社とは契約してないの。活動はすべてネット上の配信とライブで行われてるだけ。それでもネットで広まれば十分ってことみたい。でも、ヨーロッパが拠点らしいとか、ある国がバックについてて支援してるとか、いろいろ噂は立ってるけど、くわしいことはナゾなのよ」
「へえ……。しーちゃん、その人の事、好きなんだ」
「ばっ……何を言うのよ、そんな、好きとか、やめてくれる?」
「でも、そんな人気のあるアーティストのライブなら、トーキョーとかヨコハマとか、近いところでもやるんじゃないの?」

すかさず奏が尋ねる。

「さすが。いい質問ね。トーキョーのライブは受付開始から半日で完売。なんとか確保できたのがナゴヤだったのよ」
「半日? 熱心なファンだったらなんとかなるような」
「しょうがないじゃない、学校とかあるんだし」
「あ、ごめんなさい。なるほどね」
「というわけで、ライブはこの後一時からだから。あなたたちもまあ頑張りなさいな」

志乃ぶは、カップに残っていた紅茶をぐいっと飲み干した。