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三学期が始まった。

元日から三日、五日、と数えて、気が付けば一週間が過ぎていた。
始業式を終えて、教室に続く廊下を歩いていても、足元がふわふわするような感覚が抜けない。何かに悩んでいるはずだが、何に悩んでいるのかもよくわからない。あゆみの頭の中で、そんな状態がずっと続いている。

「涼川さん」
「わっ」

不意に背中をたたかれて、あゆみはびくっ、と全身を震わせた。

「会長」
「大丈夫? お正月で緩み切っちゃった?」

眼鏡の奥で、奏の瞳が鋭い光を帯びている。

「いや、別に……」
「ならいいけど。今日、初日だけど部活やるわよ。《財団》から重要な連絡が届いたから。みんなで話し合いたいの」
「重要な連絡? 何なんですか?」
「その時話すわ。私ひとりで決められない問題だから。じゃ、後でね」

肩をポン、と叩いて奏は小走りに去っていった。その、やわらかさを帯びた後ろ姿を見て、あゆみは、奏も三年生なのだ、ということに気付いた。
ミニ四駆部室、と称した生徒会室に、「すーぱーあゆみんミニ四チーム」の五人が集まった。冬休みを挟んで、このメンバーで顔を合わせるのは初めてだったが、私語もなく、重い静けさが室内を支配していた。

「急に呼び出して、ごめんなさい」

全員の顔を見渡してから、奏が言った。

「いえ、お気になさらず」

ルナが一礼する。

「もったいつけないで早く言ってくださいよ~。もう何言われるか怖くて…」
「たくみ、別に怒られるって決まったわけじゃないじゃない」
「そう言ったってさ、ちょっとさ……」
「はい、これから話すから」

はしゃぐたくみを、奏が制した。あゆみは、ジャケットごと袖まくりして、ぐっと腕を組んでいる。
奏が、クリアファイルに挟まれた紙を取り出し、咳払いしてから口を開いた。

「昨日、《ミニ四駆選手権》を主宰する《財団》から、決勝レースの進め方について連絡がありました。今日はその内容を話しておきたくて、急だけど集まってもらいました」
「なんだ……」

たくみが大きくため息をつく。

「日付は、前に知らせた通り、今月末の土曜と日曜、二日間で行われます。会場は調整中となっていたけど、決まりました。トーキョー、アキバドームです」
「あの、野球とかやる」

たまおが、つぶやくように言う。

「そう。で、大会の形式は二十四時間耐久レースって告知されてたけど、私たちの体調を考慮し、連続してではなく2ヒートに分けて行うことにしたとのことです」
「2ヒート制って、グランプリで赤旗中断になったときに取られる、タイムを合算して順位を決める方式ですか?」

ルナが、実車のレースの知識を自然に披露する。奏はうなずいて、言葉を続ける。

「ただ、本物のクルマとちがって《バーサス》のレースはバーチャルで行われているから、後半のスタート時にはすべてのマシンのタイム差、位置関係はキープされるって書いてある。だから見た目と実際の順位は変わらない。要するに、二十四時間レースの途中で、休憩が入るって感じね」

奏は一度、紙から目を上げてメンバーを見渡す。全員が、続いて公表されるであろう言葉を待っている。

「……とまあ、この辺はわざわざ言うまでもないわね」

とりつくろいながら、二枚目の紙を取り出す。

「そして、ここからが問題です。出場するのは先月までの予選ラウンドを勝ち上がった一〇チームですが、出走するマシンは、一チームあたり二台にして欲しいとのことです」
「へえっ……!」

あゆみが驚きの声をあげる。

「じゃあ、会長、どうする? 誰のマシンを使う?」
「涼川さん、まだ焦るには早いわよ。まだもう一つ、特別ルールが発表されてるの」
「特別ルール?」
「ここまで地区大会、そして全国大会の予選ラウンドと、一チーム五人までっていうルールで行われてきました。ただ、今回一チーム二台ということになると、どうしても一台のマシンにとりかかる人数に偏りが出ます」
「奇数だからね」
「常識」

たくみとたまおが間髪おかずに言う。奏は軽く笑いながら、言葉をつづけた。

「その通り。で、その偏りをなくすために、各地区の大会に出場した選手から一名を特別枠として選手に加えて一チーム六人にすることができる、とのことです」
「六人?」

あゆみが怪訝な表情で聞き返す。

「じゃあ、学校内でミニ四駆やってる人さがします? ちょっとあたしの周りだとルナちゃん以外に心当たりないな……」
「涼川さん、そうじゃないの。私たちの学校からじゃなくて、《各地区の大会に出場した選手から》って書いてある」
「それって……」
「そう、カナガワエリア内ならどの学校でもいいってこと。どういう事だか、わかるわよね?」
「まさか」

奏がやおら立ち上がり、こぶしを握り締めた。

「そう、ここは、あいつ一人しかいないでしょう!」