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一月も半ば、ハコネの山を抜ける道の傍らには雪が残り、行き交う人々の息は昼間でも白かった。

急角度のワインディングを抜けたワンボックスカーが、ウインカーを点滅させながらゆっくりと停車する。

「ここね」

スライドドアを開け、ワンボックスカーから降りた秀美は、厳かにたたずむ旅館の構えを見回した。暖房の効いた車内との温度差に、足元から体が震える。

「あー、半年ぶりかぁ」
「また来ることになるとは、思わなかったけどね」

あゆみと奏が話しながら降りてくる。それに続いてルナ、たまお、たくみと《すーぱーあゆみんミニ四チーム》のメンバーが次々と道路に降り、送迎のドライバーから手荷物を受け取っている。この集団の中に自分がいることを、秀美はまだ信じられなかった。

「秀美」

奏が声をかける。

「大丈夫?」
「何がだ」
「いや、電車の中でもクルマの中でも、ぜんぜん話さないから」
「それは……」
「それじゃ、お部屋へご案内しますので」

秀美の言葉は、仲居の女性にさえぎられた。

「よーし、じゃあ早速お風呂だー」
「なんだよー、あたしの方が先に行く!」
「風呂にはまだ全然早い」
「でも温泉合宿って風情があって、やっぱりいいわよね」

にぎやかに進んでいく四人の背中を見て、秀美は目を細めた。

「やっぱり、みんな楽しそうだな。それに比べて、私が今まで《スクーデリア》でやってきたことは……」
「はいはい、そういうのはいいから」

奏が、秀美の肩口を軽くたたく。

「今回は、秀美を含めてのニュー・《すーぱーあゆみんミニ四チーム》合宿なんだから、遠慮しないでよ」
「ああ……わかってる」

無理に作った笑顔は、まだ硬かった。

「さて、私たちも入らないと、置いて行かれちゃう」
「確かに」

二人は小走りに館内へ入る。

土足禁止ゆえ、玄関で靴を脱ぐ。その背後から、小走りの足音が近づいてくる。たくみかあゆみだろうと思い、秀美は何げなく振り向いた。

「お久しぶりです!」

仲居の着物に身を包んだ少女が走り込んできて、勢いよく頭を下げる。長い黒髪がふわり、と舞い上がった。

「小田原さん」

ゆのの笑顔に、秀美の頬も自然と緩む。

「ごめんなさい、赤井さんが、いらっしゃるって、聞いていたので、お出迎えしないとと思ってたんですが、急にお仕事を頼まれちゃって」

慌ててきたのだろう、息が上がっていて、言葉は途切れ途切れである。

「いいのよ、気にしないで」
「どうもすみません……。恩田さんも、またうちの旅館を選んでくださって、ありがとうございます」
「いえいえ」

もう一度、ゆのは大きくお辞儀をする。奏と秀美は苦笑いしながら腰を上げた。

「じゃあ、涼川さんたち先に行っちゃってるから、後でまた」
「そうですね、ごめんなさい、引き留めてしまいました! では後で、お部屋へご挨拶に上がらせてもらいます!」
「忙しければ、無理しないでいい」
「いえいえ! 赤井さんは私の師匠ですから!」
「へぇ……秀美、そうなの?」
「師匠とは大げさだが、まあ、地区予選の後、少しな」
「はい! そうなんです!」

ゆのが笑顔を見せた時、廊下の向こうからゆのを呼ぶ声が聞こえた。

「あっ、女将さんが呼んでますので! 今日は団体さんがもう一組いらっしゃってて……」

言い残して、ゆのは小走りに館内の奥へと走り去っていった。見送る秀美の表情は、自然とやわらかいものになっていた。