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オープニングラップで三台をかわしたジオグライダーが、その後もハイペースを保って順位を上げている。出走した五台のうち唯一の大径バレルタイヤ装着車は、バックストレートから最終コーナーで最高速に達し、先行するマシンを次々と追い抜いていく。

後方では久美子のシャドウシャークが先頭となり、秀美、奏が続く。間隔をおいて蘭のシャドウシャークが追走する。

「このコースは……あまり向いていないな」

マッハフレームの挙動は、秀美の言葉通りにかんばしくないものだった。軽量コンパクトなボディとFM-Aシャーシの組み合わせは中低速コーナーでこそ真価を発揮する。最高速からの強烈なブレーキングを強いるエルマノス・ロドリゲスサーキットの一コーナーは正に鬼門だった。それでも、絶妙なペース配分によって遅れることなく走行を続けている。
奏はその後ろでレースを進めていく。シャドウシャークとエアロアバンテは同じARシャーシ。装着しているタイヤも同じ二十六ミリ径のいわゆる中径サイズ。大型のリヤウイングを備えたボディも、互いに似た特性を持っている。
だからこそ、負けられない。自分も、決勝を走るチームの一員として十分な実力を持っているはずだ。奏は、そう自分に言い聞かせながら周回を重ねていた。
レース距離の半分に達しようとしていた十五周目、三位まで浮上していたジオグライダーが一コーナーのブレーキングで大きな白煙を上げる。

「ゆのちゃん!」

あゆみの見つめる先、モニターにはスピンしながらコース外の砂地、グラベルに突っ込む白い車体が映し出される。

「小田原さん……」

たまおが胸の前で、手を握る。

「まだだ! 止まってない!」
「小田原さん!」

たくみとルナが声をあげる。

「大丈夫、です!」

ゆのの激励に応えるように、ジオグライダーは砂利を巻き上げながらメインコースに復帰していく。しかしその脇を、シャドウシャークに挟まれた四台が通過していく。

「大径タイヤで摩耗が大きいというのに、レースのマネジメントを考えないから、ああなる」
「はい、そうですね」

蘭の一言に、久美子が応答する。正に講師と生徒といった様子だった。

久美子のシャドウシャークはすでに十五台をかわして七位まで浮上。前方を進むNPCのマシンは、タイヤの劣化が進んでいるためか走行ペースが落ちてきている。

一方で、追走するマッハフレームのタイヤも限界を迎えつつあった。二十一周目の最終コーナー、進入時にタイヤがスライドしたマッハフレームは、最高速に達するためのラインを取れず、コースの外側を回ってしまう。

「秀美!」

追走していた奏のエアロアバンテが並びかける。

「このペースではもう、走れない……。」

うめくような秀美の声が、奏の耳に届く。

「ダメなの?」
「前のシャドウシャークにやられたな……。奏、後は任せた。蘭は私が」
「やらせんよ」

エアロアバンテのテールにシャドウシャークがぴたりと貼りついて、ホームストレートを走行している。そしてスピードの伸びないマッハフレームはまとめて追い抜かれてしまう。

「狙っていたのか!」
「レースとはそういうものだ」
「秀美!」

蘭のシャドウシャークにプレッシャーを与えることもできず、マッハフレームは後退していく。赤いボディが、奏の後方モニター上でみるみる小さくなっていく。

「さすが、《フロスト・ゼミナール》……」
「評価していただき光栄だが、自分のマシンをよく見たまえ」
「えっ?」

後方モニターのフレーム外から、シルバーのマシンが入り込んでくる。

「シャドウシャーク! まだ後ろにいたはずなのに……!」
「はず、ではレースは戦えないよ」
「くっ!」

久美子のシャドウシャーク、奏のエアロアバンテ、そして蘭のシャドウシャークと、三台がそれぞれ一秒を切る間隔で二十二周目に入っていく。
前を行くシャドウシャークが、イン側にマシンを寄せる。

「エアロアバンテ、スリップから外れないように!」

《Copy.》

奏の指示に従い、エアロアバンテはスリップ……前を走るマシンが作る、空気抵抗の少ないゾーンに食らいつく。一コーナーで相手の内側を突くのが追い抜きのセオリーだが、久美子の警戒は厳しい。アウトから勝負に出る他ないと、奏は考えた。ブレーキングポイントが迫る。

「今よ、エアロアバンテ、アウトへ!」
「シャドウシャーク、仕留めろ」

《Copy.》

奏と蘭、それぞれの《バーサス》が応答する。エアロアバンテが久美子に並んだのもつかの間、蘭のシャドウシャークがさらに外側へマシンを持ち出し、三台が横並びになる。

「スリーワイド!」

あゆみが叫ぶ。ルナとたまお、たくみは言葉を発することもできず、モニターを見つめている。

久美子のシャドウシャークとエアロアバンテがフルブレーキングで白煙を上げる。

「むっ……!」

しかし、蘭のシャドウシャークは安定感あるブレーキングで、しなやかに減速する。右に鋭く回る一コーナーの先、左に切り返す二コーナー。内側・外側が入れ替わって蘭が最短距離を走る。温存させたタイヤは荒れた路面を確実にとらえ、マシンを前へと押し出していく。

「しまった……」

奏がうろたえる。

「奏! 気を抜くな!」

秀美の檄が飛ぶ。ライン取りが乱れたエアロアバンテは加速が鈍り、並びかけたはずだった久美子のシャドウシャークに再びリードを許していた。

「そんな……」

何とか巡航ペースに戻した時には、久美子のシャドウシャークまでは一秒以上の間隔があき、蘭はさらにその先を進んでいた。NPCとのスピード差は明らかで、三十周目、残り五周となったところで蘭はトップに躍り出た。