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序盤に隊列を引っ張った、久美子のラップはオーバーペースであった。終盤にきて蘭との差は一周につき一秒以上開いていく。それは奏のエアロアバンテも同様だった。

「これが、《フロスト・ゼミナール》のチームワーク……」

いちメンバーである久美子は、《すーぱーあゆみんミニ四チーム》のペースを乱すため、あえて速いラップで走行、その間エースである蘭は後方で力をため、勝負どころで前に出る。ゴールまでの周回、追撃を久美子が防いでいる間にリードを広げる。奏に、その全体像がようやくつかめた。

「完璧ね……やっぱり、私たちなんかじゃ」
「恩田さん! まだレースは終わってませんよ!」
「小田原さん?」

奏はモニターの隅にある、順位表示に目をやる。単独スピン、その後タイヤ交換したジオグライダーは最後尾近くまで落ちたものの、ハイペースで追い上げ、すでに六番手まで挽回していた。

「少しでも前へ! 一つでも上に! 私は、みなさんから、それを教えてもらいました! だから!」
「小田原さん……」
「奏、見せてみろ。アバンテの名を受け継ぐマシンこそ、決勝の舞台にふさわしいという証拠を!」
「秀美!」

奏は正面に向き直る。オンボード目線のモニター、すでに蘭のシャドウシャークは消え、久美子のテールがわずかに映るのみだった。

「それでも」

瞬間、目を伏せる。

「……会長」
「えっ、あきらめた?」
「会長……まだ……」

たまお、たくみ、ルナの表情が曇る。

「みんな、大丈夫だよ。いや、ここからが面白いところだよ、たぶん」

あゆみが、白い歯を見せてにやり、と笑う。

「それでも、という言葉が会長の胸にある限り、ね」

奏が顔を上げた。

「それでも、私は! 勝ちたいのよ! Z-TEC(ズィーテック)、スタンバイ!」
《Copy. Z-TEC Activates》

全員のモニターに、エアロアバンテがZ-TEC待機状態に入ったことが表示される。

「ほう、ここでZ-TECを使うとはな。実に興味深い」
「氷室先輩!」

想定していなかった事態に、久美子が指示を求める。

「いい機会だ。Z-TECの効果を間近で体験してみろ。絶対にレコードラインを外すな」
「了解です」

大回りの最終コーナー、久美子のシャドウシャークは三秒のリードをもって立ち上がる。コントロールラインを過ぎれば残りは二周となる。エアロアバンテとの差は、僅かに広がった。

奏が、大きく息を吐きだした。瞳に眼鏡の奥の瞳は一コーナーのはるか先を見据えている。

……挑戦しての失敗よりも、
……恐れるべきは、何もせぬ事!
……今、すべてを解き放て!

ヘブンリー・シンフォニー!

《Copy. Z-TEC Ignition!》

エアロアバンテが光に包まれ、その中から皆既月食のように、黒い車体が姿を現す。シルバーのラインがノーズから走り、金属質な装甲をまとっているようにも見える。

「出たっ! エアロアバンテ」
「……ブラック、スペシャル……」
「会長……あきらめていませんでしたね!」
「ブッシュルシュル! おっもしれぇ!」

エアロアバンテ・ブラックスペシャルはホームストレートの途中で再加速を始める。久美子のシャドウシャークとのスピード差は歴然としていた。一コーナーでおさえなければ。その意識が久美子を焦らせる。

「シャドウシャーク、ブレーキングをもっと深く!」
《Negative.》
「えっ?」

酷使されたタイヤはすでにわずかな寿命しか残っていない。通常のペースであればゴールまで持たせることも可能だったが、残り二周となってからのハードブレーキングには耐えられなかった。

大きく空いたイン側を、エアロアバンテは苦も無くすり抜けていく。

「新志、耐えられなかったか……」

蘭は二位となったエアロアバンテとのタイム差を確認する。すでに十秒以上に開いてはいるが、相手は区間タイムを塗り替えながら、急速に近づいてきている。
三十四周目が終わり、ファイナルラップへ。蘭のシャドウシャークと奏のエアロアバンテとの差は五秒。

「あと、もう少し……!」

Z-TECの効果により差は縮まったものの、とらえるまでには至らない。ブラックスペシャルと化した車体も、少しずつもとのブルーに戻りつつあった。

「それでも!」

奏の激励に応えるように、縁石をまたぐどころか飛び越すようにして、エアロアバンテが懸命にコースを駆けていく。しかし、最後のスパートをかけたシャドウシャークには追いつくことができない。

「いいレースだったな、生徒会長さん」

蘭と奏の間は五秒の差がついたまま、チェッカーフラッグが振られた。