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アキバドーム。その名の通り、トーキョー・アキハバラにほど近い場所に建つ、ドーム型の野球場である。だがその立地と全天候型の構造から、プロレスなど他のスポーツイベント、さらには学生アイドルのステージコンテストなど、幅広い用途に使用されている。
「ミニ四駆選手権」の全国決勝大会も、第一回の開催からアキバドームを舞台にして行われてきた。
一月最後の土曜日、決勝当日。午前一〇時にレースはスタートするが、客席はその二時間前、午前八時にゲートオープンされた。老若男女のミニ四駆ファンのみならず、各地の地区大会で、そして全国大会の予選リーグで、惜しくも敗退してしまったチームの選手たちも続々と入場ゲートに吸い込まれていく。正面入り口の向かいには大会を記念したグッズ売り場まで設けられ、ドーム周辺は他のイベントにも引けを取らない大きな盛り上がりを見せていた。

「よう」

藤沢凛は、すでに着席していた少女の背中を軽くたたいた。黒いレース生地がビクッと震える。

「なっ、何を……!」

川崎志乃ぶは振り返り、絶句する。凛は白い歯を見せてほほ笑んだ。

「藤沢、凛!」
「あっ、藤沢さん、お久しぶりです」

志乃ぶのかげから、小動物を思わせる動きで小田原ゆのが顔を出した。

「おう、おひさ」

凛はトートバッグを床に置くと、スタンドの椅子に腰を下ろした。眼下には、扇型に広がるグラウンドが広がる。ただバックスクリーン前には巨大なモニターがそびえたち、その前には地区大会と同様、各チームのピットスペースが所せましとつくられている。設営スタッフが慌ただしく動いている姿が見えるが、小指の爪ほどの大きさにしか見えない。

「しっかし、地区予選敗退組は二階席スタンドか。まったく、毎年の事とは言え、しけてるよな」
「しょうがないでしょう、私たちはルナに、いえ、《すーぱーあゆみんミニ四チーム》に勝てなかったんだから」
「でも、決勝のチケット、ただでもらえるなんて知りませんでした。ラッキーです!」

毒づく志乃ぶをよそに、ゆのが無邪気な笑顔を見せる。凛は目を細めた。
決勝は、二十四時間耐久レース。だが夜を徹しての走行は中学生にとって大きな負担となることから、十二時間を経過したところで一度中断。休憩と睡眠の時間を十分にとった翌朝に再スタートし、残りの十二時間を走り切る形式となっている。観戦する方もそれだけの時間をすべて見届けることは難しい。チケットは会場からレース終了まで出入り自由となっているが、凛はスタートから午前中のセッションを見届けたところで引き上げる予定にしていた。
それまでに、どんな順位になるのか。どんな展開になるのか。考え始めると想像が止まらない。

「あいつら、今頃わちゃわちゃしてんだろうな」

凛は腕を組み、足を組んだ。時計は、八時半を回ったところだった。