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パーテーションで仕切られた《すーぱーあゆみんミニ四チーム》のピット内。あゆみの目に映る光景は、これまでに転戦してきた各会場のものと変わりない。唯一の違いは、中にいる人数が一人多いということだけ。それ以外は、中心に置かれた《バーサス》端末も、足元に転がるそれぞれの荷物も、変わったところはなかった。

「さて、じゃあミーティング、やりましょうか」

奏が声をかける。これまでであれば、たくみやたまおが軽口をはさんでくる場面だったが、二人とも小さくうなずくのみ。ルナも、そして資料を手に立ち上がった奏も、一様に緊張しているのが分かった。

「うん、始めてくれ」

唯一、秀美の声には張りがあり、余裕があるように感じられる。それでも、他のメンバーに比べれば、という程度のものだった。

「はい。じゃ、始めます。……いよいよ、というか、ついに、決勝です。どんな結果になろうとも、私たちにとって最後のレースになります。色々な問題、トラブル、アクシデント、出てくるとは思いますが、今回参加してくれた秀美を含めてみんなで、乗り越えていきましょう」
「おう」

あゆみが控えめに言う。場が和む気配はない。

「まあ、合宿とかでも説明したからわかっているとは思うけど、念のため確認していきます。決勝は、十二時間のレースを二セットに分けて行う、合計二十四時間の耐久レースです。コースは、《ニュルブルクリンク》北コース、全長約二十一キロとなりました」
「いわゆる《ノルトシュライフェ》だな。去年のサルト・サーキット、その前のデイトナに比べると難易度は段違いに高い」

秀美の補足に、奏はうなずく。

「マシンは各チーム二台出走。予選を突破した十チーム、全二十台でのレースとなります。私たちは、涼川さんのエアロサンダーショットと、私のエアロアバンテの二台。基本的には全員で作業を行うわけだけど、それぞれトラブルとかを見落とさないようにするために、マシンごとに担当メンバーを決めました」
「む……」

たまお、たくみとも唸る以外に反応のしようもなく、奏の次の言葉を待っている。

「涼川さんのエアロサンダーショット、メイン担当はもちろん涼川さん。サブとしてたまおちゃんと、猪俣さんに入ってほしい」
「しょ、承知しました」

不意に名前を呼ばれ、ルナが上ずった声で返事をする。

「で、私のエアロアバンテについては、たくみちゃんと、秀美にお願いしたい。いいかしら?」
「任された。その……弟ちゃんも頼むぞ」
「はい」

秀美の、あまり趣味の良くないジョークに、たくみは反応することもできない。奏が心配そうに目線を送る。

「みんな緊張、してるわよね。私もそう。そんな中で、あんまり良くない話をしなくちゃならないの。何かというと、スタートの手順について」
「あ、そういえば確かに聞いてなかった」

あゆみが奏に向き直る。スチール製のパイプ椅子が軽い金属音を立てた。

「あたしたちはEブロックの二位でしょ? ブロックはAからEまであるけど、ブロック同士の順位なんて決めてないはず。いったい、あたしたちはどのグリッドからスタートするんですか?」

「そうね……。それを言う前に伝えておきたいのが、決勝はいつものスタンディングスタートではなく、ペースカー先導でのローリングスタートだということです」
「まあ、耐久レースだから、それが自然か」
「ええ。で、隊列は二列で、同じチームの二台が横にならぶかたちです。先頭はAブロックの一位チーム、今回は《チーム・ガディスピード》の二台になるけど、その後にB、C、D、Eの順番で続きます」
「えっ、そうすると……」

あゆみが、そして奏の説明を聞いていた全員が、導き出される結論に気付いてうろたえる。秀美は苦笑を浮かべながらかぶりを振った。

「もうわかったみたいね。Eブロック一位の後に、Aブロックの二位が続いて、そのままアルファベット順に並んでいく」
「Eブロック二位通過のあたしたちは、最後尾か……」

あゆみが深くため息をつく。

「でも、十分逆転するチャンスはある。走る距離、つかう時間、両方とも今までとは比べられないんだから。とにかく、焦らずに、万全の状態でスタートしましょう」