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《バーサス》にログインすると、ホームスレートにはすでにほとんどのマシンが並べられていた。同時出走台数が予選ラウンドの倍になるということもあって、ログインしているチューナーの数も多い。さらに決勝を盛り上げるため、抽選を通過した一般ユーザーをピットウォークさながらに招待しているため、ホームストレートはさながら縁日にも似た賑わいを見せていた。
《すーぱーあゆみんミニ四チーム》の二台、エアロサンダーショットとエアロアバンテはガレージを出て、グリッドにつくため一周のレコノサンス(偵察)ラップへと出ていく。整えられたグランプリコースから分岐して、道は深い森の中へと続いていく。

「これが、ノルトシュライフェ……!」

エアロサンダーショットをモニターするあゆみが絶句する。映像は常に上下左右に振られ、コースの先は見通せない。距離感をはかるための看板もほとんどなく、マシンがどこを走っているのか、簡単に見失う。

「予選で使われていた、各国のグランプリサーキットに比べると、路面は荒れてるし、波うってるような場所も多いわね」

エアロアバンテが、距離を置きながら後方を追走していく。コース上は、細かなコーナーが点在するものの、道幅がせまいため勝負どころとなるポイントは数えるほどしかない。限られたラインをトレースしながら緩やかに右へ旋回しつつ、上下左右、場合によっては前後に揺さぶられる中で、どれだけ安定したタイムを刻むことができるか。それがニュルブルクリンク北コースを攻略する唯一の手立てである。
グランプリカーを超える性能を見せる《バーサス》上のミニ四駆であっても一周七分を超える、超ロングコースを走り終えて、《すーぱーあゆみんミニ四チーム》の二台はグリッドについた。
あゆみたちはピットを出て、各チームのマシンが並ぶホームストレートへ降り立つ。

「ひゃー、コントロールライン、遠いな」

最後列のグリッドからは、スタートシグナルが下げられているブリッジが、サーキットを写した風景写真のようにしか見えない。その真下に、《ガディスピード》のエアロマンタレイとライキリが並んでいる様子を、あゆみは想像する。それだけで、胸が詰まる。スタート前の、緊張する時間だが、いや、緊張する時間だからこそ、アイリーンに言っておきたいことが、あゆみにはあった。

「ちょっと、前の方見てくる」

駈け出すように一歩を踏み出す。その肩を強くつかまれる。

「気持ちはわかるが、勝手に行くな。チームリーダーなんだろ」

秀美がいさめる。ルナ、そしてたまおとたくみの表情が一瞬で険しくなる。秀美は手を離して、ぽん、と叩いた。

「私も行こう。前の方には万代みたいなクセ者ばっかりだからな」
「エンプレス……」
「待って、私も行くわ」

奏が二人の間に割って入る。

「ありがとう、会長」

あゆみの笑顔は、どこかぎこちない。その、いつもと違う雰囲気を奏は感じ取っていた。

「じゃあ、猪俣さん、たまおちゃん、たくみちゃん、ちょっと前の人たちに挨拶してくる」
「承知しました。気を付けて」
「会長、先手必勝、ガツンと言ってきてくださいよ!」
「余計なテンション作っていいことないでしょ。あゆみ、気を付けて」

あゆみは小さく手を振って、グリッド最前列を目指した。