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スタートから5時間が経過した。《ガディスピード》2台からトップを奪った《イル・レオーネ》ラウディーブル5号車は、その後も前年度のファステストラップに匹敵するペースで逃げ続け、2番手ライキリに対してコース半分の差をつけた。
一方でラウディーブル6号車も、5号車と同様のペースアップを図るが《フロスト・ゼミナール》シャドウシャーク2台のブロックに阻まれて思うようなペースに乗せることができない。
しかし、淡々とラップを重ねるシャドウシャーク27号車とは対照的に、シャドウシャーク28号車はシャーシ特性が異なるラウディーブルの動きに翻弄されていた。4時間30分経過時、連続する左右のコーナーで二台は軽く接触。一度順位が入れ替わるが、すぐにシャドウシャーク28号車が抜き返すシーンがあり、上位陣で唯一のバトルを繰り広げていた。
その後方、予選11番手以降からスタートした、各ブロックの2位チームは接近戦を続けている。集団を引っ張るのはAブロック2位通過、オーサカ代表の《ナニワ・エキスパート》スパークルージュ7号車・8号車。必要以上にペースを上げず、2台はあたかもひとつの列車のような走りを続けている。そのため後続はラインを外してスパートすることができない。直後の13番手にはオキナワ代表《ミヤラビの祈り》カッパーファング16号車がつけ、14番手シコク代表《アール・フォーティーン》のヘキサゴナイト15号車が追う。
《すーぱーあゆみんミニ四チーム》エアロアバンテは、やや間合いをとって15番手を走行。ペースの違いからエアロアバンテを先行させた、シズオカ代表《ソレスタルスクェア》トライロング3号車が16番手である。
エアロアバンテは5時間経過を前にしてピットイン。二度目のメイン担当を務めた恩田選手から、赤井選手に交代する。一、二周の差はあるものの各チームとも一斉にピット作業に入る。エアロサンダーショットもピットインして、涼川選手から猪俣選手に交代。どのチームもミスなく作業を終えたため、ピットでの順位変動は起こらなかった。

「さて、と……」

ルナは深呼吸して、コンソールに向き合う。スプリントレースの予選とは異なり、決勝は長期戦である。前後の間隔やコースコンディション変化に応じた細かな指示は必要とされないが、数時間単位をついやすポジションアップに向けた戦略は確実に必要とされる。
前半の12時間、エアロサンダーショットはとにかくマシンにダメージを与えるような動きはとらないように、というのが奏からの指示だった。カナガワ地区予選、最終盤までトップを走りながらもペースアップしたとたんにマシントラブルを起こした、フレイムアスチュートの教訓を踏まえての作戦である。

「だからと言って、ご自身のマシンを捨て石同然に扱う必要はないと思いますが……」

ルナは、モニターの左端に表示された順位表と、各マシン間のタイム差を確認する。エアロアバンテはピットアウト直後からハイペースを続け、ヘキサゴナイト15号車まで1秒以内に近づいている。

「赤井さん、あまり接近しては、アクシデントに巻き込まれますよ」

ルナは思わず、インカム越しに声をかける。

「ふふっ、わかっている。君たちは君たちのミッションをつづけたまえ」
「それは、そうですが……」
「あまり、心配させるのもよろしくないな。エアロアバンテ、次のヘアピンで前に出よう。グランプリコース内ならば、深いブレーキングもできるはずだ」
《Copy.》
「赤井さん、そんな」
「大丈夫だ」

下りながらの緩やかな左ターンで、エアロアバンテはヘキサゴナイトに並びかける。ブルーの車体とグリーンの車体、流麗なボディラインとゴツゴツしたSUVモチーフのデザイン、まったく異なる2台のスタイルが際立つ。ヘアピンを視界に入れてのブレーキング勝負、競り勝ったのはヘキサゴナイトに見えたが、エアロアバンテは加速タイミングを早め、立ち上がりスピードの差で見事に抜き去った。

「すごい……」
「これで、心配事は無くなっただろう。さあ、先に進もう」
「はい!」

意識せず、ルナの声が軽く弾む。自覚していなかったが、秀美が《女帝(エンプレス)》と呼ばれる理由を、はからずも体感することとなった。