「やっと追いついた、瀬名っち!」
ホームストレート上、《ガディスピード》のライキリを先頭に、等間隔で同じく《ガディスピード》エアロマンタレイ、そして《イル・レオーネ》のラウディーブル5号車が先頭グループを形成している。
「万代、尚子……」
全チーム共通のチャンネルで発進されるアイリーンの声はか細く、心ここにあらずと言った調子である。キャプテンの口ぶりとは無関係に、2台のマシンは快調にレースをリードしている。
「おーい、瀬名っち、大丈夫?」
三台が連なってのコーナリング中、ラウディーブルが加速のタイミングを速めてエアロマンタレイのテールを軽くつつく。外側のタイに荷重のかかる姿勢をとるエアロマンタレイは、一瞬でバランスを崩してスピン状態に陥る。
「何を!」
だが、万全のセッティングが施されたエアロマンタレイは体勢を立て直し、鋭い加速でラウディーブルを突き放す。
「なんてことを!」
「あ、起きてたね。よかった」
「は? いったい何を言ってる?」
「だって、なんだか全然レースに集中してないみたいでさー、疲れて寝てるんじゃないかなーって」
「何を、バカな」
道幅が狭まるワインディング、コーナリング性能に優れるFM-Aシャーシのラウディーブルが差を詰める。だが最速のラインは《ガディスピード》2台によってふさがれているため、前に出ることはできない。
180度以上に回り込む難関コーナー、《カルッセル》。ラウディーブルはブレーキングで前傾姿勢をとり、フロント側から引っ張られるようにこなしていく。対照的に、リヤモーターのエアロマンタレイは挽回する手立てなく、再び真後ろへの進入を許す。
「さてと、じゃあさ」
ストレート区間への入り口、エアロマンタレイはレコードラインへいち早く入ったものの、ラウディーブルはコーナリング中のスピードを維持したまま、外側から並びかけてくる。
「お先に!」
ロスのない加速でラウディーブルはエアロマンタレイに並び、一気に追い抜いていく。
「くっ……!」
アイリーンの嗚咽が会場に響く。
「ついでにっと」
ラウディーブルの加速は止まらない。道幅が細い中、フル加速でライキリの車体をとらえ、並ぶ間もなく一気に抜き去った。
「そんなペースじゃモーターを痛めて、最後まで走り切れないぞ!」
瀬名が叫ぶ。完全にレース全体をコントロールしていたはずなのに、無謀なペースで追い上げてきた一台にトップを奪われる。アイリーンはコンソールに、握ったこぶしをたたきつけそうになるが寸前で思いとどまる。それでも収まりきらず、天面を軽く小突くにとどめて、深く息を吐いた。そして、ゆっくりと息を吸う。
「そうだ、最後までは走り切れない」
ひとりごちた直後、いくつか開いたウインドウの一つが、シャーシの中央部分から薄っすら煙を吹きだすマシンの映像に切り替わった。マシンはトルクルーザー。ことし出場しているチームのものではない。ラウディーブル5号車のスパートを受けて、本部側が過去にモータートラブルでリタイヤしたシーンを場内に流しているためだった。
「ほら、その通りだ」
アイリーンの口角が微かに上がる。気持ちの奥を覆っているものが、僅かながら薄くなったように、アイリーンは感じた。だがすでに先頭のラウディーブルは5秒以上のリードを築き、ライキリのオンボードカメラから姿を消していた。