SECTOR-5:AYUMI-1

あたしは勝つためには方法を選ばない、んじゃない。
勝つためには、トップに立つためにはこれが必要なんだ!

レースのレギュレーションを聞いてたら、とてもご飯なんて食べていられなくなった。ごった返す会場を出て少しあるくと、ホテルのロビーに出た。吹き抜けの天井。空から注いでくるような光。

深呼吸して、胸を押さえる。

耐久レース。ミニ四駆の、一瞬で決まる勝負のま裏にある、長いガマン比べ。速さよりも強さ、もっと言えば気持ちの強さが試される。

「あたし、耐えられるかな……。」

弱音を、会長やルナ、早乙女ズには聞かれたくない。それが、チーム名にまでなってしまった私のルール。でも、すっと隣にたった人には聞かれてしまったようだ。

「不安は私も一緒よ」
「女帝《エンプレス》……」

浅黒い肌が、光のなかでくすんで見える。かすかな笑みにも、強さが感じられない。

「赤井さん、また、あたしとまっすぐ戦ってくれませんでしたね」
「何が?」
「さっきの予選ですよ。真っ先に出てくなんて、どうかしてますよ」
「トップタイムを最初に出して、みんなにプレッシャーをかけてあげた。それではいけないかしら?」

試すような笑い。余裕があるのか、あるように見せてるだけなのか。

「でも、マシンがたくさん走って路面がキレイな、最後のアタックの方がタイムが出る」
「確かに」

あたしは、女帝《エンプレス》、の正面に回り込んで言った。

「あたしは、あんたと同じ条件で走りたい! そして、あたしにどれだけの力があるのかを知りたい!」

プレッシャーをかけようと思っていたけども、逆に自分で自分を追い込んでる。

「私は、涼川さんにはミニ四駆チューナーとしての素質があると思ってる」
「だったら、それをコースで証明する!」
「でも、まだあなたには伸びていく余地がある。マシン作りも、《バーサス》での作戦の立て方も」
「伸びていく、余地……?」
「そう。私は、その余地がどれだけの広がりを見せてくれるのかを楽しみにしてる。だから、今、その余地をつぶすようなことはしたくないの」

回りくどくほめられてるようなのはわかるけど、それが戦わない理由になるんだろうか? あたしにはわからない。

「どっちにしろ、決勝は同じコースでようやく戦えますね」
「ええ……。それが、あなたにとっていいことか、悪いことかわからないけど」
「悪いこと?」
「そう。涼川さんが、ミニ四駆を続けていけるかどうか。おそらく、その気力も失ってしまうと思う」
「それって」
「完全な《負け》を、あなたは思い知るから」

完全な《負け》。それがあたしをダメにすると、《女帝》は言っている。

「確かに、負けてしまったら、相当こたえると思います。でも、勝つか負けるかなんて、やってみないとわかりませんよ」
「そうね。でもやってみた結果が、あの予選だったんじゃない?」
「予選と、決勝は、話が、違いますよ!」

あたしは胸元にしまっていた、そのマシンを取り出した。本当は、決勝が始まるまで他チームに見せるつもりはなかったんだけど、もうこうなっちゃったら後へは引けない。気持ちで負けたら作戦もなにもあったもんじゃない。そのために作ったマシン。自信という最大の武器を、かたちにしたマシン。

「それは……!」
「女帝《エンプレス》、あんたに追い付き、そして追い越すため、カンペキな衣をまとったサンダーショット! エアロサンダーショット《フルカウラーV》!」

あたしは、耐久レースでエアロサンダーショットが戦えるようにするために、最大の特徴である大径バレルタイヤをローハイトタイヤに変える決断をした。燃費がよくなってバッテリーは長持ちするけど、かわりに最高速度が伸びなくなる。それを取り戻すために、あたしは風の力、《空力》を利用することにした。

現実に走らせるミニ四駆はサイズが小さいから、《空力》が走りにおよぼす影響はほとんどゼロだ。ただ《バーサス》の世界では、ボディのかたちやウイングの効果は実際のレーシングカーと同じようにあらわれる。

エアロサンダーショットは、名前にもあるように流れるようなフォルムで空気抵抗が少ないけど、タイヤが前後ともむき出しになっている分、気流が乱れてスピードを失っている。
あたしは、グレードアップパーツのクリヤーボディを切り取って、4つのタイヤが全部隠れるデザイン……《フルカウル》にすることにした。

それが決まったら作るだけだけど、追加したいカウルを固定する方法が見つからない。色々と考えた末に、前後のバンパーからFRPプレートを伸ばして、そこに固定することにした。ちょうどいいことに、その先にマスダンパーを取り付けて、安定性をあげることにも成功している。あたしの自信作、一番の秘密兵器だ。

「はっ、ははは」

女帝《エンプレス》は、急に笑いだした。

「何かおかしいですか?」
「いや、楽しいんだ」
「楽しい?」
「そう、本当はミニ四駆って、こういうたのしさがあったんだなって思い出して」
「楽しいって、あたしは真剣に考えて」
「わかっている。わかっているからこそ、ね」

赤いユニフォームの背中を見せて、女帝《エンプレス》は立ち去ろうとする。

「あなたが望むなら、私は本当の絶望を見せてあげる。奏が三年前、味わったように」
「あたしは、あたしは負けません!」

高い天井に響いた声にも、足は止まらなかった。あたしはその背中を、ただ見つめていた。
決勝のスタートまで、もう一時間を切っていた。