SECTOR-6:HIDEMI-1

まだレースは動かない。
先に動いた方が敗北の道を進むことになる。先にそっちに近づいたのは……。

ピットウォールでモニターを見てる私に、後輩が紙コップでアイスティーをもってきた。

「センパイ、よろしければ」
「ありがと。悪いわね」
「いえ……。その、2位キープ……ですね」
「ええ」

他のチームと違って、ウォールの席には私ひとりだけ。判断は常に私が下すのだから、作業するメンバーを増やした方がいい、そう考えてのことだ。

スタートから一時間が経とうとしている。
ナイトレージまでの差はコース半分くらいにまで広がった。ただあのコたちは3周のリードを築かないといけないのだから、まだ道は遠い。

大スクリーンには、接近戦が続いている3位争い、藤沢さんのトップフォースEvo.と涼川さんのエアロサンダーショットが映し出された。ちょうど、改修されたカウルの性能をみるには都合がいい。

ストレートでの最高速度、コーナリングの進入速度、脱出速度。さらには高低差での安定性。

「ちょっと、あなた」

飲み終わったコップを下げにきた後輩を呼び止める。

「あの3位争い、見てどう思う?」
「えー……」

意地悪な問いかけだとはわかっている。

「私たちの後ろで争って、タイム差が広がってくれれば私たちに有利かと」
「ふーん」

よくできた答だけど、表面的な現象をとらえたにすぎない。

「わかったわ、ありがとう」
「いえ」

ペコリ、とお辞儀をして後輩はピットに戻る。
どこが有利なものか。
ローハイトタイヤなのに大径タイヤのトップフォースEvo.に最高速で並んでいるということは、フルカウル化による効果が出ているってことだ。もちろん重量が増えるデメリットがあるにも関わらず、大改造を用意していた涼川さんには感心させられる。

よくスポーツ解説者が使う言葉でいう《伸びしろ》がまだまだあるのだろう。でも大事なのは、今、この瞬間に結果が出せると言うことだ。
マラネロの宿命である勝利の炎を絶やさないようにするには、燃える部分の残っている《薪》を投げ込んでいかなければならない。
私にはまだ……。

と、そんな思考をさえぎって客席からのざわめきが聞こえた。
サイレンが鳴り、ピットロードにマシンが入ってくる。1台、いや2台!

「サンダーショット!?」

エアロサンダーショットとトップフォースEvo.がもつれるようにして背後のピットロードを走る。

「接触!?」

サンダーショットの右後輪が外れかかり、カウルの外にはみ出している。タイヤ自体もホイールから大きくずれているようだ。そしてトップフォースは左フロントのローラーがゆがんでしまっていた。

「何があったの……」