SECTOR-2: AYUMI-1

あっけなく、実にあっけなく勝負はついた。これが、これがレースの現実だっていうの?

「ああ……。」

言葉もなかった。会長が立てた、《女帝》の動揺を誘う作戦。針先くらいの穴が少しずつ広がって、ついに山が崩れた。

「自分で戻れるかしら?」
「さすがに無理じゃない?」
「万事、休す」

スタンドは静まり返っていた。あたしたちのピットも同じだった。フレイムアスチュートには、外からじゃ見えないダメージが貯まっていたんだろう。それが、一コーナーのブロックで一気に吹き出した。
サンドトラップに捕まったまま動けない赤いマシン。残ったフロントタイヤが回るけど、白い砂が巻き上げられるだけでマシンは進まない。

「涼川さん」

会長の声に、あたしはわれにかえった。そうだ、あたしたちのレースはまだ残ってる。

「ピットインしましょう。追加したカウルが、もうボロボロ」
「もう、取っちゃいましょうか」
「取っちゃう?」
「そうです。最後は、そのままのエアロサンダーショットでゴールします」
「そうね、それがいいわね」

8時間近く、クラッシュやトラブルから守ってくれた《フルカウラー》パーツ。本当はエアロ効果を狙ってたんだけど、これがなかったらあたしたちもここまで走り続けていられなかったかもしれない。
サイレンが鳴って、エアロサンダーショットがピットロードに現れる。

「せーの!」
「よいしょ!」

クリアボディから切り出したカウルには無数の亀裂が入っていて、力に任せてひっぺがすしかない。後は会長が取り外したリヤウイングを戻す。バッテリーは交換したし、ホイールの緩みもない。

「よーし、後は、最後まで走ってこい!」
「Copy.」

タイヤがむき出しのスタイルに戻ったサンダーショットがピットを後にしてコースへ戻る。
一コーナー、タイヤバリアの奥には、止まったままのフレイムアスチュートが見える。ピットまで戻れれば修理してレースを続けることもできるけど、完全に止まってしまったらリタイヤとして扱われる。
あれだけレースを支配していたのに。最後はあたしたちとの接近戦になるって思ってたけど。会長もここまでのことを予想してたんだろうか。
あと30分。エアロサンダーショットのペースはかなり抑えている。2位のショウナンナンバーズ、トップフォースEvo.までは10周の差がある。

「あとは、エアロサンダーショットにもトラブルが起きないことを願うしかないわね」

会長がかけてくれた言葉に、あたしは素直にうなずけなかった。何故かはわからないけど、もう何も起こらないという確信があたしの中にあった。見慣れたスタイルに戻ったサンダーショットの姿からは、波乱のニオイはもうしない。そうなら、あたしがするべきこと、しなくちゃいけないことが別にあるはず。あたしたちの勝ちの、その向こう側にあるもの。あたしが叶えたい望み。それは……。

「会長、ごめんなさい。あたし、行ってきます」
「行くって、まだレース中よ? あと少しでゴールだっていうのに」
「ええ。わかってます。だから、行かなくちゃならないんです」
「ひょっとして秀実のところ? やめときなさい、今は……」
「いえ、違います」
「じゃあ、どこに」
「レースを仕切ってる、《財団》の人たちのいるところ、コントロールタワーです!」
「えぇっ!?」
「じゃ、そういうことで。チェッカーまでには戻ります!」
「あっ、涼川さん!」

あたしはピットの奥からロビーを目指す。

「あゆみちゃん!」
「あゆみ!」
「……あゆみ?」

事情のわからないルナちゃんと早乙女ズが、疑いの目であたしを見る。

「ごめん、あたし、最後にやらなくちゃいけないことがあるんだ、ごめんね!」

あたしはそう残して、ロビーに出るドアを開けた……!