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深いため息とともに、たまおは《バーサス》のバイザーを外した。端末のロックが外れ、コペンのボディが暗めの照明にさらされる。
カウンター席だけの小さなバー。その店内に似つかわしくない、棚に積まれたパーツの山、《バーサス》システム一式、そして女子中学生の姿。

「ありがとうございました」

たまおは、ノンアルコールカクテルの代金を置いて、スツールから降りた。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。たまおの好きな言葉だ。何が自分たちに足りないのか、勝てなかった相手ならば一番よくわかるはず。それがたまおの狙いだった。だが、一番知りたかったこと、この先どうすればいいのか、コペンのままで戦っていけるのか、確かなことはわからなかった。

「はい、どうも」

カウンターの内側、仕込みの作業をしていたマスターが声をかけた。

「いきなり押しかけて、《バーサス》を使わせてもらって、すみません」
「いや、奏ちゃんから話は聞いてたから、気にしないで」
「すみません……」
「そうだ、せっかくだから参加賞だ。そこのパーツから好きなのを何か持っていっていいよ」
「えっ?」

突然の話に、たまおは手にしたバッグを落とした。

「見ての通り、ちと増え過ぎちゃってさ。捨てるのももったいないから、初めてのお客さんにプレゼントしてんのさ」
「そうなんですか、でも」
「ん?」
「ご遠慮します。パーツは自分で買いますので」
言いながら伏せた目を、マスターは見逃さなかった。
「そっか……でもお嬢さんな」
「早乙女、たまおです」
「そう、たまおちゃんな、いつでもピシッと気持ちを張り詰めてても苦しいだけだぞ」
「苦しい……そんなことはないです」
「そうかな? おじさんの目には、たまおちゃんが苦しんでるのが、よーく見えるぞ」
「そんな……」
「責任感が強いのはいいことだ。だけど自分の本当の声から耳を背けちゃいけない」
「本当の、声」
「そう、誰かのためとか、自分がやらなきゃとか、そういうのから離れたら、本当の声が聞けるよ」
「そういうものですか」
「じゃあ、試してみようか。目をつぶって」

突然の言葉に、たまおは眉をひそめたが、マスターの真剣な表情に押されて、そっと目をつぶった。
「そしたら、さっきの棚に手を伸ばしてみてくれ」
「はぁ」

背丈よりも少し高い位置にあった棚。確かな場所は分らないが、視覚に残るイメージに従って手を伸ばした。
指先に、ビニール袋のつややかな感触と、その中にある骨組みのようなものの存在が伝わってくる。五感の一つがふさがれると、のこりの感覚が鋭くなる。

「よし、じゃあそれが、たまおちゃんへのプレゼントだ」

滑り落ちかけたパーツをしっかりつかんで、たまおは目を開けた。

「ボディ……。ボディパーツセット……」

ガンメタルのボディ、なめらかな曲線のエッジが、店内の光を反射した。たまおはしばらく見つめてから、そのパーツをバッグに押し込んだ。

「じゃあね、また来てよ」

マスターに見送られて、たまおは寮への道を走り始めていた。