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《オレリュードーム》の付近に、選手がまとめて泊まれるホテルがないため、ナゴヤ駅周辺のホテルに各チームは分散して宿泊することとなっている。《すーぱーあゆみんミニ四チーム》に割り当てられたのは、駅に隣接している高層ホテルであった。

「しっかしまー、《財団》さん、またもや高級なホテルを手配してくれたもんだねー」
「高級? そうでしょうか?」
「あー、まー、そうだねー」

邪念のないルナの言葉に、あゆみは返す言葉がない。

「ほら、通行の邪魔になるから、道の真ん中はあけなさい」

ツアーガイドよろしく奏が先頭を歩き、あゆみとルナが続く。その後ろを、たまおとたくみが追いかけていく。
あゆみが振り返り、声をかけた。

「早乙女ず、付いてきてる?」
「大丈夫」
「心配すんなって」
「うーん……」

これまでなら、はしゃぐたくみをたまおがたしなめる、というのが定番のやり取りだったのだが、そんな声は聞こえてこない。落ち着きはらった二人の姿は、急に大人びて見えた。

「あーっ!」

あゆみが感慨にひたる間もなく、たくみが頭のてっぺんから大声を上げた。

「急に何よ、たくみ」
「だってさ、たまお!」
「えっ?」

あゆみは耳を疑った。クールで無口だったたまおと、双子とは言え姉に対して上手に出ることは決してないたくみ。そのアンバランスさに少しだけ、違う力が加わったようだった。

「あれ、やっぱりそうだよな? たまお、あれ《ハッピーストライプ》のボーカル、《ジャンヌ》じゃない?」
「え、どれ?」
「あそこ!」

たくみが指さした先、ホテルのロビーへ続くエレベーターの入り口近く、女の子ばかりの人だかりが確かにできている。その中心にいるのは、ギターケースを背負い、きらびやかな色の髪を伸ばした少女だ。大胆にロゴを配したパーカーが、オフの場ではあるが激しい自己主張をしている。

「《ハッピーストライプ》って、何ですか?」
「私も知らない。有名なの?」
「もー、会長もルナ先輩も、知らないんですか?」

たくみが小走りで奏の前に立つ。

「《ハッピーストライプ》っていうのは、いま女子中学生の間で人気のガールズバンドですよっ!」
「構成メンバーは全員、アタイたちとおんなじ中学生。活動はごく小規模で行われているんですが、その歌詞やシンプルなメロディーはアタイたちの心に響いてくるんです」
「た、たまおちゃんまで……」
「会長、そういう訳ですんで、握手してもらってきます」
「状況開始」

あっけにとられる三人を振り返ることなく、たまおとたくみは人だかりの中に飛び込んでいった。

「なんだかねぇ……。でも、燃え尽きちゃったのかなって思ってたけど、大丈夫みたいね」

腕組みしながら奏が言う。

「私たちが思うよりも、二人は強くなったのかも知れません」
「あたしたちも負けてられねーな!」

たまおとたくみが向かった先、人だかりが割れて中心が見えた。サインや握手に応じる少女……《ジャンヌ》の姿があらわになる。
あゆみと目が合った。鋭いまなざしの奥が見えてくる。そこにあるのはぼんやりと瞬く小さな光。《ジャンヌ》もあゆみを見つめている。共鳴する感覚に意識が遠のきそうになるが、それも一瞬の出来事だった。奏やルナに、変わった様子はない。

「あいつ……何だ?」

手の中の汗が、それが幻でなかったことを伝えていた。