ナゴヤ駅から《オレリュードーム》までは、最寄りの駅まで電車で移動し、そこから徒歩で十五分ほど歩かねばならない。タクシーを使えば半分の時間で到着できるのだが、そんな余裕が中学生にあるはずもない。《すーぱーあゆみんミニ四チーム》はそれぞれ荷物を手に持ってホテルを出た。
最寄り駅に降りると、選手とおぼしき集団がいくつかあり、辺りを見回した後で同じ方向に進んでいく。開場までには時間があるので、一般の観客の姿はほとんど見られない。あゆみ達が人の流れに従って歩き出そうとした時。
「すみません、あの、《オレリュードーム》、行きます?」
「わっ?」
後ろから声をかけられ、あゆみは小さく飛び跳ねる。
「えっ?」
「まさか」
たくみとたまおが、声をかけてきた少女の顔を凝視する。パーカーのフードで髪を覆っているものの、その顔、その瞳は疑いようもない。
「あなた、さっきの《ジャンヌ》さん?」
「あー、改めて言われると照れるな。まあ、そう、です」
小さく頭を下げる。ギターを背負って立っていた時と比べると、物腰が柔らかい。視線に鋭さはなく、どちらかと言えば上品に感じられる。
「《オレリュードーム》に行くって、今日は《ミニ四駆選手権》の開催日ですよ? ライブの会場なんですかね、それはまた別のところなんじゃ?」
奏の言葉に、《ジャンヌ》は申し訳なさそうに答える。
「あ、私も《選手権》に出るんです。キタキューシュー代表ですけど」
「ええええっ?」
あゆみ以下、チーム全員が驚きの声をあげた。
「じゃあ、あなた、《V.A.R.》の新町さん?」
「あ、ご存知なんですね、ありがとうございます。新町純子です。と、いうことは皆さん、《すーぱーあゆみんミニ四チーム》の方ですか?」
「まあ、はい」
「よかった……。私、チームのみんなに置いてけぼりにされちゃって。ここの駅でみんなを見失ったらどこにいるかわからなくなっちゃって」
「だったらとりあえず歩いていけば良かったんじゃ?」
「いやー、でも、全然知らないところだし、ここでまたヘンなところに行っちゃったら、みんなに迷惑かかるから、と思ってて」
「そういうことなら、一緒にいきますか?」
「わぁっ、いいんですか、ありがとうございます!」
《ジャンヌ》こと純子は深々と頭を下げた。
「調子狂うな……まあ、じゃあ行きましょうか」
突然の出来事に戸惑いながらも、奏は集団を先導する。純子は、あゆみとルナに挟まれるようにして歩き始めた。
「それにしても、新町さん」
ルナが声をかける。
「人気のガールズバンドが、実はミニ四駆チームだなんて、すごいですね」
「いや、もともと、私達ミニ四駆チームとして集まったんです」
「そうなんですか?」
「はい。でも、なかなかうまくいかないことが多くて。で、昔の《選手権》のことを調べてたら、第一回の優勝チームにミニ四チューナーなのに凄腕のギタリストの人がいるって載ってて。私、兄が軽音やっててギターが家にあったから、何となく触ったことはあったんで。それから5人でバンドを始めたんです」
「そうなんですか? すごいですね」
「でもどういうわけかバンドの方が有名になっちゃって、困っちゃうんですよね」
「そうですか……。私の姉も、音楽やってるんで、なんとなくわかります」
「えっ? ルナちゃんのお姉さんってそうなの?」
「あっ、あゆみちゃんには話してなかったっけ……。私にはよくわからないんだけど」
「へぇー……」
「音楽って難しいですよね。もちろん、ミニ四駆も同じくらい難しいですけど」
3人の会話が途切れる。たまおとたくみは、背後にぴったり付けて、純子の言葉を逃さず聞いている。その一方で奏は、プリントウトした地図とスマートフォンの地図アプリを見比べながら、《オレリュードーム》への道を調べながら進んでいた。
「新町さん、見えてきたみたいよ」
奏が指さした方向、建物の間から、白く、わずかなふくらみを持った構造物が姿を見せ始めた。
「よかった! ここまで来れば大丈夫。ありがとう」
「あ、新町さん!」
あゆみが引き留めるよりも早く、純子は《オレリュードーム》へ向けて走り出していった。
「なんか、悪い人じゃないんだろうけど、色々難しそうな人ね」
奏があきれ顔で言う。
「ミニ四駆と音楽、どっちを取るべきか迷ってる、そんな感じですね」
ルナの言葉に、《すーぱーあゆみんミニ四チーム》全員が深くうなずく。
「《ジャンヌ》、大丈夫かな」
たくみが小さくつぶやく。すでに純子の背中は見えなくなっていた。