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スタート時刻が近づくにつれ、《オレリュードーム》内に響き渡る観客の話し声、ステージ上でのMCの声、盛り上げるための音楽が大きく、強くなっていく。
アイリーンは、パーテーションで仕切られたピットをひとり離れ、バックヤードの片隅で集中力を高めていた。ディフェンディングチャンピオンとして注目されるチーム、その中心にいることは確かだが、他のチームと比べて図抜けているわけではない。勝負は一瞬の判断と、どこに転ぶか分からない運によって決まってしまう。それが昨年の決勝では自分たちに向いていただけのこと。アイリーンはそう思っていた。
メインステージ裏に広がる、薄暗い静寂な空間は、アイリーンの内側で散らばっている思考のピースを再構成するのにはちょうど良かった。息を整え、キャップの向きを整えると、アイリーンはピットに戻るため関係者通路へと向かった。
蛍光灯に照らされた、飾り気のない通路に出たとき、ふいに後ろから声をかけられた。

「瀬名さん」

振り返る。見覚えのある顔。慎重に整えたはずの思考のピースが、突風に吹き飛ばされていく。

「あなた……」
「あの、ヤムラのショールームで一緒になったの、覚えているよね?」
「それは、もちろん」
「いやー、まさか《ミニ四駆選手権》のチャンピオンと会っちゃうなんて、全然気が付かなかったな~。そうだ、名前言ってなかったね。あたし」
「涼川、あゆみさんでしょ」
「えっ? なんで、あたしの名前知ってるの? 優勝候補でもないのに」
「カナガワエリアで《エンプレス》を破る、というのはそれぐらいインパクトがあったってことよ。それより、あなた、なんでこんなところにいるの?」
「えへへ、お手洗いを探してたら、なんだか奥の方まできちゃって……。新町さんのことバカにできないな……それはともかく、周りに誰もいないから、瀬名さんがいてくれて助かりましたよ」
「そう……ま、とにかく戻らないと。行きましょう」
「ありがとう!」

瀬名は動悸を抑えようとしたが、自分でコントロールできるものではない。前を歩きながらも、後ろからやってくるあゆみが気になって仕方がない。気になることは、自分からかみついた方がいい。アイリーンはそう決意してあゆみに言った。

「涼川さん、お父様は、お元気かしら」
「え? パパですか?」

とぼけた顔で、あゆみは目を丸くする。予想していなかった反応に、アイリーンは思わず足を止める。

「いや、何でもない」
「ん、そうですか」

あゆみの笑顔、そこに深い意図はないように見える。だが事実はどうなのだろうか? あざむかれているのか、試されているのか。それとも。

「何だ? これは? どういうことだ?」

アイリーンは小声で戸惑いを口にする。それは僅かに、あゆみの耳にも届いていた。

「何か?」
「いや、ごめん、急ごう」

小走りでその場を離れたアイリーンを、あゆみは慌てて追いかけていった。