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予選第二ラウンドの舞台は、カナダのグランプリコース《サーキット・イル・ノートルダム》に設定された。
セントローレンス川の中州に作られた周回路は縦に長く、ほぼストレートとシケイン、そして小回りのヘアピンで構成されている。それゆえ、走行するマシンには走行安定性よりもハードブレーキングからの急加速に耐えられる信頼性、そして酷使されるタイヤをどれだけ温存できるか、が問われる。
特に最終コーナーとなるシケインは、直前のストレートで最高速をマークしてからのフルブレーキングとなるため、マシンの挙動が乱れやすい。グランプリレースでは何人ものチャンピオン経験者がブレーキングをミスしてコンクリートウォールに叩きつけられている。

くじ引きの結果、インサイドとなる奇数グリッドを引いたのは《V.A.R.》。アウトサイドは《すーぱーあゆみん》となった。

「それじゃあ、みんな準備いい?」

奏が声をかける。たまおとたくみの手には、ニューマシン、《デクロス・ワン》が握られている。ベースカラーは二人ともガンメタル。ブルーのラインが入り、ローハイトタイヤ仕様としているのがたまお、グリーンのライン、大径ローハイトタイヤ仕様がたくみ。メトロポリタンハイウェイで見せた走りが、実践の場でどれだけ再現できるか。奏の口元が、わずかに緩んだ。
全員が《バーサス》にマシンをセットしたのを見届け、あゆみが声をあげる。

「いいね? じゃあ行くよ!
バーチャル・サーキット・ストリーマー、《バーサス》、起動!」

一連のシークエンスが済むと、まばゆい陽の光と、豊かな流れをたたえた川、それに挟まれた《ノートルダム島》があゆみたちの周りに広がった。グリッドに並んだ10台のマシンは、アイドリングの音を響かせながらスタートの時を待っていた。

「《V.A.R.》のマシンは、全部《アビリスタ》」

たまおがピットウォールからホームストレートを眺める。ロングノーズのGTカーという特徴は《フライング・フレイヤ》の《ジルボルフ》と共通しているが、盛り上がったフェンダーや低く構えたルーフによって派手なスーパーカーらしいデザインとなっている。
ホワイトのボディの中心にブルーのラインをあしらったのが通常のカラーリングだが、一台だけは、ベースカラーにシルバーリーフの塗装が施されていた。

「たくみ、あれ、《ジャンヌ》のマシンかな」
「そうだね、たまお。さっすがー、名ギタリストはやることがやっぱり派手だね」
「でも、おかしくありません?」

はしゃぐたまお、たくみの会話に、ルナが割って入る。

「あれが新町さんのマシンなら、なんで3列目にいるんでしょう?」

3列目のインサイドは5番グリッド。隣にはゴールドメタリックがまぶしい、ルナのフェスタジョーヌが並んでいるので、中団がどういう訳かメタル調のラインを形成していた。

「最初はチームメイトに先行させて、レースの流れが落ち着いたところでエースが仕留めにかかるって作戦かしらね」

奏の分析に、あゆみは余り納得できない。

「意外とセコいなぁ。もっと最初っから先行してもいいと思うんだけどな」
「涼川さん、そうとも限らないわ。先行するマシンはタイヤもブレーキも酷使することになる。最初のレースとはやり方を変えて、チームプレイに徹するつもりじゃない?」
「なるほど! ブッシュルシュル、おっもしろい! こっちは最初からブッちぎってやる!」
「くれぐれも、最後まで走り切ることは忘れないでね」
「はーい、会長」
「さ、そろそろ始まるわ。落ち着いていきましょう」

Virtual Circuit Streamer Activate…
-COURSE: Circuit Île Notre-Dame
-LENGTH: 4.361 km
-LAPS:70
-WEATHER: Sunny
-CONDITION: Dry

Girls, START YOUR MOTOR.
FORMATION LAP ENDED…
Signals all red…
Black out!
GO!

LAP1/70
午後5時、レーススタート。10台のマシンが一斉にグリッドを離れる。緩やかな右カーブの後の鋭角な1コーナー、2コーナー。1番グリッドからスタートした《アビリスタ》2号車が先頭をキープ、その後にあゆみの《エアロサンダーショット》が続く。三番手には奏の《エアロアバンテ》が浮上。《アビリスタ》3号車の後、シルバーにかがやく純子の《アビリスタ》が5番手をキープ。直後にルナの《フェスタジョーヌ》が追走。ニューマシン《デクロス・ワン》2台、たまおとたくみは9・10番手から前を追う。
折り返しのヘアピンからロングストレート。あゆみはラインを変えるように指示を出すが、《アビリスタ》の直線スピードに対抗できず、オーバーテイクは仕掛けられない。1コーナーの順位のまま、最初の周回が終わった。

LAP2~20/70
直線は速いがコーナー立ち上がりでの加速に欠ける《アビリスタ》2号車に抑えられ、あゆみはイライラしていた。コーナーで後ろにつけるも、短い直線では並ぶのがやっと。前に出る前に次のシケインが来てしまう。だが《アビリスタ》にもタイヤの劣化、バッテリーの消耗などネガティブな要素が積み重なってくる。
13周目、満を持して《エアロサンダーショット》がストレートで並びかけ、トップに立つ。しかし直後のシケインで止まり切れない。縁石で飛び跳ねたマシンはサンドトラップで減速することなく、コントリートウォールにヒットしてしまう。ホイールが外れ、シャフトもねじ曲がった《エアロサンダーショット》は動くことができずその場でリタイヤ。なんと《すーぱーあゆみんミニ四チーム》は、いきなりエースを失ってしまう。一方で《V.A.R.》も2号車のスピードが限界と見るやピットへ呼び戻し、バッテリー交換を行う。これで先頭は奏の《エアロアバンテ》に代わった。

LAP21~39
30周を過ぎたところで、奏もバッテリーの出力低下とタイヤの劣化を感じてピットイン。同時にピットロードへ進入した《アビリスタ》3号車とピットレーンで交錯したことでタイムロス。その間に先頭は《アビリスタ》1号車、新町純子となった。
レースの半分を過ぎたところで、《アビリスタ》1号車とルナの《フェスタジョーヌ》が先頭集団を形成。その後は30秒以上の差が開いて《アビリスタ》2号車・3号車と奏の《エアロアバンテ》がパックになって走行している。先に動いた方が負けとばかりにルナは純子を追い詰める。
その作戦は奏功し、38周目に純子が先にピットインして後退。前が開け、ルナが《フェスタジョーヌ》にペースアップを伝えた39周目の最終シケイン。寿命を過ぎたタイヤはブレーキングで大きな白煙をあげる。制御をうしなったマシンは、シケインをまたぐようにしてコンクリートウォールへ激突。《すーぱーあゆみんミニ四チーム》は2台のマシンを失うこととなった。

LAP40~56
再び先頭に戻った純子は、後方との差をコントロールしながら淡々とレースを進めていく。奏は、レース前に立てた「相手のマシンを1対1でマークする」という作戦の単純な落とし穴にはまっていた。同じ台数のマシンで走っていれば成り立つ作戦が、あゆみとルナのクラッシュ・リタイヤによって成立しない、むしろ2台のマシンにマークされる形となっている。
状況を打破しようと、奏は47周目に二度目のピットインを敢行。だが二台の《アビリスタ》も1周後にピットインして前をふさいでしまう。後退した奏に代わって浮上してきたのは、2台の《デクロス・ワン》、たまおとたくみだった。残り20周で、トップとは30秒以上の差がついていたが、ペースアップした2台の《デクロス》は、1周につき1秒以上のペースで追い上げを開始する。残りは15周となった。

「たまお、タイヤは持ちそう?」
「うん、発熱は想定内。もっとペースを上げる?」
「いやー、まだだな。もっと近づいてから」
「了解」

たまおとたくみは、2台の《デクロス・ワン》を慎重に、しかし確信を持って導いている。コース前半のシケインと急加速が続くセクションでは、ローハイトタイヤ仕様のたまおが前に立ち、コース折り返しのヘアピンからのストレートではトップスピードに勝るたくみのマシンが前に立つ。頻繁にポジションを入れ替えながらもタイムロスは最低限にしつつ、まるで一台のマシンが走っているかのような追い上げが続く。

「ルナ、なんで早乙女ずはここにきてペースアップできてるんだ? 会長は相変わらずアタマ抑えられちゃつてるのに」
「それはね、あゆみちゃん。二人はレースの前半、ずっと後ろでバッテリーやタイヤを温存してたのよ」
「温存……」

既に《エアロサンダーショット》と《フェスタジョーヌ》はガレージに引き戻され、あゆみとルナはピットウォールからは離れていた。生き残ってレースをつづけている二人の一年生、その顔は初戦とは明らかに違って見えた。

「なんか急に、あいつらデキるようになったな」
「そうですね。もともと二人とも技術はしっかりしてるのに、相手よりも自分が前に出よう、もっとうまくやろうって意識しあってたみたいですね」
「なるほど、ルナちゃんよく見てる」
「今は二人とも、一つの目的にむけて、お互いを補う、そんな関係になってるみたいですね」
「そっか……」
あゆみの視線の先、あわただしくモニターをチェックするたまおとたくみの背中は、心なしか大きくなったような気がした。