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志乃ぶはルナの手首をつかんだまま、駅から遠ざかる方向へ走り続けた。途中、道行く人にぶつかりそうになりながら、さらに段差や点字ブロックにつまづきそうになりながらも、志乃ぶは走り続けた。

「ちょっと、もう、この辺でいいんじゃない?」
「あ……そう……ね……」

普段から身体を動かしていない志乃ぶにとって、五分以上も走り続けるというのは、相当にヘビーな試練だった。立ち止まり、ルナから手を放し、膝に両手をついて、肩を上下させながら息を整える。

「で、しーちゃん、何から逃げてたの?」

ルナが、まだ呼吸の荒い志乃ぶに問いかける。

「気づかなかったの?」
「何に?」
「あなたを追ってる《奴ら》よ」
「そんな人いた?」
「いたわよ! サングラスかけてスーツ着て、黒塗りの高級車から《ぬっ》と出てきたわよ、《ぬっ》と!」
「サングラス……スーツ……ああ……それは」

開いたルナの口を、志乃ぶが右の手のひらでふさぐ。

「言わなくていいわ、ルナ。あなたが私みたいな庶民じゃない、普通の民衆じゃないことは前からわかってるから」
「んーんーんーー」

口をふさがれたままルナが何事か言う。志乃ぶの発言を否定しているようだが、何を言っているのかはわからない。

「だから、私なんかには……。でも、だからこそ」
「しーちゃん……」

力の抜けた志乃ぶの手を、ルナは払いのける。

「なんか、どこまでが誤解なんだかわからないけどね、しーちゃん、私は」

言いかけたところで、電子音が鳴り響く。ルナのショルダーバッグから聞こえてくる電子音に志乃ぶは激しく驚き、足がもつれて転びそうになる。

「会長……?」

ルナはバッグからスマートフォンを取り出し、画面上のグリーンのボタンに触れた。」

「もしもし? はい、……ごめんなさい。なんだかわからないんですが……はい、えっ? ……そんな、本当ですか? わかりました、すぐ行きます。たぶんしーちゃんも一緒だと思いますけど」
「電話でしーちゃんって言わないで!」
「はい、どちらへいけばいいですか? ……クリオ・ベルノ? なんですかそれ……ライブハウス……ですか」
「そこって……!」

転びそうになって立ち上がった志乃ぶが、また転びそうになる。

「わかりました。じゃあ、今から行きます」

ルナは通話を終え、スマートフォンをしまう。バッグを肩にかけなおして、駅へ戻る方向へ歩き始める。

「ルナ、どこへ」
「え? あゆみちゃんや会長が待ってるから。もう逃亡者ごっこは終わりにしましょう」
「ごっこじやないわよ! それにどこへ行けっていわれたの? まさか本当に、《クリオ・ベルノ》じゃないわよね?」
「え? そうだけど、何か?」

あっけらかんと言うルナを見据えながら、志乃ぶは両膝を地面についた。

「《クリオ・ベルノ》って、私が行こうとしてたところよ」
「え? 行こうとしてたって、しーちゃん、さっきの電話の前から、《クリオ・ベルノ》って場所知ってたの?」
「そうよ! だって、行こうとしてた《チッカ・デル・ソル》のライブって、そこでやるんだもん!」