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三時間に迫る公演は、あゆみ達にとっては正に未知の体験だった。
巨大なスピーカーから放たれる音の圧力にもまれて、全身が筋肉痛にも似た疲労感につつまれていた。その中で、あらゆる楽器に負けることなく中心で歌声をあげつづけた女性、《チッカ・デル・ソル》の存在感は、確かに、志乃ぶがヨコハマからかけつける価値があるものだと、あゆみはようやく理解した。

「黙って帰っちゃうのも失礼だから、新町さんにはお礼を言っておきましょう」

奏に促され、一行は人波に逆らいバックステージへと向かう。
中盤、ゲストとして《ハッピーストライプ》が呼ばれ、《チッカ・デル・ソル》とジョイントしてのパフォーマンスを行った。MCの中で純子は、ミニ四駆選手権の話題、予選第二ラウンドの話題に触れた。
まだ一勝一敗、決勝進出をあきらめたわけではないという内容だったが、《すーぱーあゆみんミニ四チーム》をリスペクトする言葉には、あゆみも動揺して自分で大きな拍手をしてしまった。

「失礼します」

ノックに続いて、ドアを開ける。生徒会長としての自覚からか、動揺と興奮が収まらないあゆみを差し置いて、奏が率先して前に立つ。

「お疲れ様、新町さん」
「あ、お疲れ様。みんな、ありがとう」

純子たち《ハッピーストライプ》は、揃いの黒いTシャツに、汗を染み込ませたままだった。上気した肌が、パフォーマンスの激しさを伝えてくる。

「ホント、ジャンヌさん、配信だけじゃなくて、ライブも、すっごい!」
「思いがけず、感動」

たくみとたまおが、純子たちに握手を求める。

「いや、こっちの方こそお礼を言いたいよ。昨日、ふたりのデクロスといいバトルができたからさ、今日もいいパフォーマンスができたんだと思う」
「いやいやそんな……」
「ホントだよ。なんて言うんだろ、こういうの? 青春? やだね、似合わないね」

純子を中心に笑いがあふれる。
その時不意に、楽屋のドアが開け放たれた。

「ブラーボ! ブラーボ! 素晴らしいね!」

全員の視線の先に、その人物はいた。
一気に静まり返った空間の真ん中に、堂々と歩いてくる。長く伸びた髪は、極彩色に染まっていて、客席から見ていた以上に光り輝いていた。

「《チッカ》さん、お疲れ様です!」

純子が慌てて頭を下げた。他の《ハッピーストライプ》メンバーも続いたので、反射的にあゆみ、奏、そしてたくみとたまおもお辞儀をしてしまう。
志乃ぶは突然の出来事に身動きがとれていない。
そしてルナは、瞳を見開いて《チッカ・デル・ソル》を見つめていた。

「《ジャンヌ》、ありがとうね。バンドだけじゃなくて、ミニ四駆の方も、いい結果が出るといいね。それじゃ」
「ありがとうございます!」

踵を返して立ち去ろうとする《チッカ》と、ルナの目が合う。

「あなた、いや……お前は」

《チッカ》が小さくつぶやいた直後。

「姉さん! サリーヌ姉さんよね!」

声に出さないものの、全員が心の中で驚きの声をあげる。

「え? やっぱり……サレルナ?」
「姉さん……」
「そっか、《ジャンヌ》が負けたって言ってた、《すーぱーあゆみんミニ四チーム》ってのは、なるほど……サレルナたちのチームだったのね。聞いてるわ、お前がミニ四駆はじめたっての」
「うん……それより……」

《チッカ》に同行してきたスタッフを含めた全員が、息をひそめ、今なにが起こっているのかを見極めようとしていた。
志乃ぶの思考は停止して、あんぐり口を開けてしまっていた。

「それより……なんでだろ。うすうすそんな気がしていて……ステージを見てはっきりわかってたのに……勝手にいなくなった姉さんに一言いってやろうって思ってたのに……こうやって向き合っちゃうと……ズルいよ……」
「ごめんね、心配かけてたね」

《チッカ》、いや、マァス=ドオリナ=サリーヌは、ルナの肩を抱き、その胸に引き寄せた。

「ごめん、《ハッピーストライプ》と、ルナのお友達。少しでいいから、この部屋使わせてほしい。この娘と……妹と話があるから」