予選第三ラウンドの舞台は、ハンガリーのグランプリコース《ハンガロリンク》に設定された。
丘陵地につくられた全長3.975キロメートルのショートコースには、大小合わせて16のコーナーが存在する。ほぼ平坦な路面は、吹き込んでくる乾燥した風によって土埃が舞い、レコードラインを外すと大きくタイムをロスしてしまう。オーバーテイクを試みればタイムをロスし、並びかける間もなく次のコーナーがあらわれる。七百メートルにおよぶメインストレートエンドの第一コーナー以外はほとんど抜きどころのないと言ってもよい。
くじ引きの結果、インサイドとなる奇数グリッドは《すーぱーあゆみんミニ四チーム》、アウトサイドの偶数グリッドは《サイコジェニー》となった。
ログインのシークエンスを終え、《バーサス》内のピットに入ったあゆみは、ピットウォール越しにホームスレートを見た。グランプリの開催時期に合わせ、アスファルトには真夏の日差しが照り付けていた。
「あれが、《サイコジェニー》のマシンか……」
シルバーの車体は、四つのタイヤを包み込むように滑らかな曲線で構成されている。キャノピーは低く構え、流れるようにリヤエンドと一体となるスポイラーは、高い空力特性を控えめに示していた。
「マッドレイザー。MAシャーシとしては比較的新しい方ね」
奏がピット内のモニターをチェックしながら言った。
ギャラリー向けに発信される映像やリアルタイムの順位表、またレースに関する諸々の情報は、ピットの天井近く、そしてピットウォールスタンドに設けられたモニターに映し出される。今回のラウンドは予選通過がかかっているということで、ひとつのモニターにはレースの順位だけでなくブロックごとの総合成績が常時表示されるようになっていた。
「こんなの出されてたらレースに集中できないよ」
たくみが不満をあらわにする。
「だけど、状況判断には役立つ」
冷静をよそおってたまおが言った。
「そうだね、でもさ!」
ピットウォールから駆けてきたあゆみは、たくみとたまおの肩を両腕で抱え、白い歯を輝かせる。
「勝つよ! ううん、ワンツーフィニッシュ! それで文句なく決まるんだ! そうだよね、会長?」
「え、えーと、そうね。二勝一敗で三チームが並んでも、このレースでも二位を取れれば、大丈夫、かな」
「会長、そこはビシッと断言してよ!」
「断言……していいものか。たくみ、根拠のない楽観は禁物では」
「たまお! そこはもう、勢いで言っちゃおうよ!」
緊張を無理やりかき消すような笑顔の輪から、ルナは一人離れてホームストレートを見つめていた。
……でも、何かを、残したい……
……私達の爪痕というか、私達がたたかったっていう証を……
言葉の意味を確かめておきたかった。その上で走りたかった。そんな思いを無視するように、スタート五分前を知らせるサイレンが《バーサス》に響いた。