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あきらはピットウォールのスタンドで、頭上のモニターを見上げていた。眉は寄せられ、腕は固く組まれている。ここまでの完璧なレース展開が、かえって現実感を希薄なものにしていた。
開幕戦と第二戦のコースはパワーが求められるレイアウト。旋回性能と加速力に特化させた《サイコジェニー》のマシンにとっては厳しい戦いだった。《マッドレイザー》というクルマを選んだ自分を呪ったこともあった。だが今、ハンガロリンクという格好の舞台で、シルバーの車体は誇らしげに輝いていた。
目を別のモニターにやると、Eブロック全体の予選順位がリアルタイムに表示されている。もう一つのレース、同じレイアウトのコースで行われている《フライング・フレイヤ》と《V.A.R》のレースは、大方の予想に反して《V.A.R》がリードする展開となっていた。このままでいくと《フライング・フレイヤ》と《V.A.R》が2勝で勝ち抜けとなる。
たとえこのレースで勝ったとしても、決勝に進める可能性はほとんどない。それでも、レースの勝利という結果を残せる。それを考えると、冷静ではいられない。

「あきら」

隣に座ったサブリーダーが声をかける。

「後は、2位の《フェスタジョーヌ》のペースに合わせていけばいい」
「うん、そう……ね」
「後ろにつけられても、このコースなら、よっぽどのスピード差がなければ抜かれない」
「わかってる」

無理に笑顔をつくったあきらは、タイミングモニターに刻まれるラップタイムを見る。《フェスタジョーヌ》は最後のスパートに入ったと見え、1周につき1秒以上速いタイムで追い上げている。20秒あった差は15秒にまで縮まったが、残りは5周。

「……わかってるよ」

ひとり言ち、あきらは振り返ってピットを見た。
学校に公認された活動でなければ出場できない地区予選への出場を、学校中駆けまわって頭を下げ、期間限定での部活動として認めさせた日。サイタマ地区大会、優勝候補にすら挙げられなかったチームが、大逆転で勝利をもぎ取った日。そして、《フライング・フレイヤ》に、《V.A.R.》に、何の抵抗もできずに敗北した日。ひとつひとつの記憶がよみがえり、それを支えたチームに対して、あきらは感謝の想いしかなかった。
その想いが、先頭の《マッドレイザー》を支えている。モニターに大きく映されたマシン。最終コーナーを立ち上がってホームストレート。順調に見えたが、しかし、異変はじわじわと《マッドレイザー》をむしばんでいた。そして、それは目に見える形であらわれてしまった。
モニターがの隅を横切った、黒い物体に、あきらは気づいてしまった。

「え……今、何か、パーツが……落ちた?」