「ミニ四駆選手権」は、予選ラウンド3戦を終えて、決勝に進出する全十チームが決定した。圧勝したチーム、接戦に涙をのんだチーム、それぞれの想いを含んだまま、開催地のオオサカは、日曜日の朝を迎えた。
「すーぱーあゆみんミニ四チーム」の五人は、宿泊先のホテルを出て、近くのファストフード店に入った。ターミナル駅の近くということもあり、客席には老若男女、様々な人が座り、短い滞在時間で次々に入れ替わっていく。奏はその様子を、眉を寄せながら見つめていた。傍からは、まるでオオサカの人間を逐一、詳細に観察しているようにしか見えない。
「会長、どうされました?」
見かねてルナが声をかける。
「何でもない」
目線を周囲に向けたまま、奏は手に持ったマフィンをかじる。
「そういえば、会長のご出身ってオオサカって以前にお聞きしましたけど……」
ルナの言葉に、奏はビクッと全身を震わせた。
「あれっ、そうだっけ」
「へー、そうなんですか!」
「意外」
あゆみとたくみ、たまおが声をあげるたびに、奏の肩が小刻みに揺れる。
「そ……そうね……」
「会長……?」
うっすらゆがんだ口元に、ルナは尋常ならざるものを感じた。
「早く、帰りましょう……。もう、レースは終わったんだし、オオサカなんてうるさい街に、用はないんだから」
「う、うん」
あゆみも、普段とは違う奏の様子に圧倒されている。生まれた場所なのに、思い出したくないものや出来事があるのだろうか。考えている間にも、奏はそそくさと席を立つ準備を進めている。あゆみは首をかしげた。
ホテルに戻ってからも様子は変わらず、奏にせかされるまま慌ただしく荷造りを済ませ、あゆみ達はそそくさと部屋を出た。
「会長、せっかくですから観光は」
たまおが尋ねるが、奏は「しない」と一言返すのみ。
「えー、有名な《ツーテンカク》って行ってみたいんだけど」
たくみの言葉にも「来たければ、また今度旅行で来ればいいわ」とつれない。
エレベーターでロビーに降りると、《ミニ四駆選手権》に出場した選手が数多く見える。チームごとに固まって、別れを惜しむもの、再会を誓うもの、それぞれの表情があふれている。
そのセンチメンタルな空気に触れたせいか、奏の足もわずかに緩まる。
「あっ!」
あゆみが一人かけて行く。奏は呼び止めようとするが、向かった先にいる少女を見て思いとどまった。
「瀬名さん!」
場内スクリーンで何度もみたブルーの帽子を、アイリーンは変わらずにかぶっている。あゆみの声に気付いて振り返った時、二人の間に人影が飛び出した。
「ほっほーう、君が涼川あゆみ君かね?」
セルフレームの眼鏡の奥で、一癖ありそうな瞳が光る。
「あなたは……」
あゆみがたじろぐと、もう一つの人影が視界をふさぐ。
「Eブロック二位、すーぱーあゆみんミニ四チーム。キャプテン、涼川あゆみ。瀬名がなぜ気にしているのかはわからないが、なるほど、勢いはありそうだな」
ひんやりとした感触の視線に、あゆみは一歩しりぞく。
「ほら、教授もマンちゃんも、涼川さんをこわがらせて遊ぶなよ」
「ん? 誰が怖がらせている?」
「もう、何度言っても変わらないけど、外での呼び方を考えてほしいのよ、ホントに」
三人の軽妙な、言葉のパスワークを目の前にして、あゆみは言葉を失った。アイリーンにばかり注意が向いていたが、二人の姿も会場のスクリーン、あるいは運営側から配布された資料を通して見たことがある。
「あの!」
あゆみは一呼吸おいてから言った。
「《フロスト・ゼミナール》の氷室さんと、《イル・レオーネ》の万代さんですよね? 去年、大会で表彰台に乗った」
言い終わる前に、尚子はあゆみの肩を抱く。
「すごいね! ウチらのこと知ってるんだ? えらい! 君はえらい!」
「まあ、パンフレットやらで、我々の顔や体が勝手にさらされてるからな。不本意だが仕方がない」
蘭は頭のうしろをかく。
「それで、涼川さん」
アイリーンが、あゆみを見据えて言う。
「あなたも、決勝に進んだのよね」
「は……はい」
「じゃあ、もうここからは、優勝を狙う対等なライバルよ」
「ライバル……」
「だから、レースが終わるまでは、友達みたいにふるまうの、やめておこうよ」「うっ……」
突き放す言葉に、あゆみは反応できない。
「涼川さーん、そろそろ行きましょう」
背中に聞こえる奏の声が、あゆみにとってはありがたかった。
「呼んでるわよ。それじゃ」
アイリーンが背を向ける。その姿を見て、あゆみは思い出した。
チッカ・デル・ソルの言葉。
ナゴヤのバックヤードでの、アイリーンの言葉。
「ねえ、瀬名さん! 瀬名さん、あたしのパパの、何かを知ってるの?」
歩を進めようとしてた瀬名が、立ち止まる。
「あたしたち、会うの初めてじゃないよね? ずっと前に、どこかで……あたしたち、会ってない?」
あゆみの言葉を振り切るように、アイリーンはその場を立ち去った。蘭と尚子は、あゆみに目配せしてアイリーンを追う。
「瀬名さん……」
あゆみは肩を落とした。ただ、自分の直感が間違っていないことは、はっきりと確信した。