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奏がマラネロ女学院を訪れてから一週間後。体育館には、学年を問わず多くの生徒がぎっしりと詰めかけていた。あゆみは、その様子を舞台袖から覗き見て、あまりの熱気に慌てて顔を引っ込める。

「ひゃー……やっぱりエンプレスの人気ってすっごいですね」

となりにいる奏に声をかけた、つもりだったが答えはない。

「会長?」

振り向くと、奏の視線は定まらず、どこから見ても緊張しているのが伝わってくる。

「会長!」
「わっ、何?」

軽く肩をたたくと、飛び上がらんばかりに体を震わせ、声をあげる。

「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわよ、見ればわかるでしょ?」
「そりゃテンパってるのはわかりますけど、もうすぐ勝負は始まるんですから」
「ねえ、そういう、人を追いつめるようなことは言わないでよ」

奏がじたばたしているのをよそに、司会進行役であろう、マイクを持った生徒がステージに上がる。進んでいく先には、すでに二台の《バーサス》がスタンバイされ、正面のスクリーンには待機状態を示すロゴが躍っている。

「みなさん、大変長らくお待たせしました! これより、『赤井秀美十五歳、レースに負けたら全国大会に出ちゃうぞスペシャル』を開催いたします!」

司会役の生徒の宣言に、体育館が揺れんばかりの歓声が沸き立つ。あゆみはあきれながら腕を組んだ。

「それでは早速、トゥインクル学園からいらっしゃった挑戦者、《すーぱーあゆみんミニ四チーム》のメンバーであり、同学園中等部の生徒会長でもある、この方をお呼びしましょう!
恩田、奏さん!」

「ひっ!」

奏が身を縮める。

「ほーら! 呼ばれましたよ」
「うー、うん、行ってきます……」

奏はエアロアバンテを握って、ステージ中央へと歩いていく。ぎこちない動きに、あゆみは苦笑する他ない。

「今回は、恩田会長からエンプレスに、全国大会の特別枠での参加をもちかけたということですが、このレース、自信のほどはいかがでしょうか?」
「むっ、自信?」

奏にマイクが向けられる。ざわついていた会場が、次の一言に備えて静まり返る。瞬間的に音が消えていく様子を目の当たりにして、奏の思考は完全に停止した。

「恩田さん?」
「がんばります!」

笑い声に続いて、大きな拍手が起こる。もう一言言おうとする奏に目を向けることなく、司会の生徒はマイクを戻した。

「ありがとうございました!
それでは迎え撃つ、われらがエンプレス、赤井秀美の入場です!」

体育館のガラスが震え、亀裂を生じそうなほどの歓声が一気に巻き起こる。
秀美は穏やかな笑顔を浮かべながら、軽く手を振って、ゆっくりとステージ中央にたどりついた。

「さあエンプレス、《ミニ四駆選手権》特別枠での参加をかけたレースということですが、エンプレスが勝った場合には一体どうなるんでしょうか?」

頬に突き刺さらんばかりに、マイクが付きだされる。

「さあ……。まあ、好きにさせてもらいます」

そっけない言葉に、体育館中からため息が漏れる。奏は顔を真っ赤にして完全に固まってしまった。

「あーあ。心理戦じゃエンプレスが五万枚くらい上だな」

あゆみが頭をかきむしる。

「それでは、それぞれのマシンをセットして、《バーサス》にログインしてもらいましょう!」

奏が、手から滑り落ちそうになるエアロアバンテをどうにか《バーサス》の筐体にセットする。秀美の方を見やると、真っ赤なカラーリングではあるが、見たことのないシルエットのボディが見えた。

「あれは……ニューマシン?」

はっきり確かめる前に、ログインシークエンスが始まった。いそいそとバイザーを身に着けると、そこには決戦の舞台となるサーキットが広がっていた。