「ラウディーブル……万代尚子!」
秀美が声を荒げる。
「その通り、ご名答! うれしいね、わたしのこと覚えててくれてさ」
「何を言う! 今は我々の大事なレースの途中だ、引っ込んでいろ!」
「あらー、連れないわね。でもガチでレースやるんだったら、外から入ってくれないように、設定とかちゃーんとしといてほしいわけよ」
「くっ、お前が勝手に入ってきたんだろう!」
「ん? よくわかんないけど、いっくよー」
ピットボックスからラウディーブルが、派手なタイヤスモークを上げて発進する。ボンネット上のターボバルジが示す通り、ターボチャージャーを思わせる爆発的な加速で本コースに合流してきた。
「秀美! あれ、いったい何?」
シナリオにない出来事に、奏は慌てる。マッハフレームとエアロアバンテはすでにトップテン圏内に入っている。一方レースに突然加わったラウディーブルは、最後尾から圧倒的なセクタータイムをたたき出しながら、先行するマシンに次々接近し、並ぶ間もなくオーバーテイクしていく。
「NPCのマシンが、あいつ……万代尚子に乗っ取られたらしい」
「ええっ? そんなことできるの?」
「乱入対戦を無効にしてはいたんだが、万代はその辺……よくはわからないが、突破するスキルを持っている。まさか、ここでのレースが目をつけられるとは思っていなかった……」
「どうする? 仕切りなおす?」
不安げそうな奏の声を聞いて、秀美は口角をわずかに緩めた。久しく味わっていなかった、全身をつつくような感触が足元から這い上がってくる。
「大丈夫だ、このまま続けよう」
「そんな、だってラウディーブル、すごい勢いで来てるわよ?」
「平気さ。私なら……いや、私たちなら、あんな暴れ牛、返り討ちにしてやるさ」
「私、たち……うん、わかった」
奏が一つ、大きくうなずいた。
「いいね、いいよー! そういう女の友情! 早くわたしも混ぜてほしいわ!」
ノイズ交じりの尚子の声が、奏のインカムで不快に響いた。
ラウディーブルは、前輪に荷重がかかるFM-Aシャーシの特性を活かして各コーナーをドリフト気味にこなしていく。大きく右に旋回する最終コーナー《パラボリカ》。セオリー通りならば、最短コースであるインを進み、ホームストレートで一気に加速するラインをとるところ、尚子はあえて大外を選び、激しくホイールスピンさせながらも前へとマシンを押し出していく。タイヤとマシンに負担の大きい走り方だが、短距離のレースであれば帳尻は合う。
「強引に見えて、意外と考えてやっているんだな……」
三つに分割された画面の一つ、ラウディーブルを追うウインドウを見ながら、あゆみは独りごちた。
そう評価したのもつかの間、青い車体が縁石をまたいでアウト側に振られる。舗装されたコースを飛び出し、敷き詰められた砂利を巻き上げる。明らかにタイムロスしているが、絶妙なマシンバランスで止まることなく走り続け、次のコーナーまでに本コースへ合流する。
「うーん、やっぱりただ強引なだけか?」
あゆみは首をひねった。
周回は進み、残りは五周となった。すでに秀美のマッハフレームはトップに立っている。その五秒後方、ノンプレーヤーのマシン一台を挟んで奏のエアロアバンテが三位を走行中。一方、最後尾からレースに割り込んだ尚子のラウディーブルは、中団のマシンをまとめてかわして四位にまで浮上していた。エアロアバンテまでのタイム差は三秒を切っている。
予定していた順位交代のタイミングが近づいてくるが、後方から迫るラウディーブルの勢いは衰えない。秀美がどのようにして順位を交代してレースを終えるのか、追い上げてくるマシンをどのように処理すればいいのか、奏は状況を把握しきれていなかった。だが後ろから追い上げてくるマシンが誰のものであろうと、奏はすんなり通すつもりはなかった。
「ようやく追いついたよー。初めまして、《すーぱーあゆみんミニ四チーム》の可愛いコちゃん!」
「ひっ!」
悪寒が走る。得体の知れない恐怖に全身が震える。奏のコンディションにかかわらずエアロアバンテは走り続けているが、コントロールライン上での差は約一秒にまで縮まっている。
「ねえねえ、わたしがやりたいのはしゅーみーなんだよ、キミとやりあっても意味ないから、さっさとどいてくれる?」
ホームストレートでラウディーブルが進路を鋭く内側に向ける。不意を突いた動きに、エアロアバンテのリアクションが一瞬、遅れる。
「ふ、ふざけないでよね!」
奏の気合に応えるように、エアロアバンテがラウディーブルの前をふさぐ。リヤタイヤが、ラウディーブルのバンパーをかすめて火花が散る。ピットウォールに接さんばかりの大きなモーションに、ラウディーブルのペースが緩む。
「なんだよ、邪魔すんなよ!」
「邪魔してるのはどっちよ!」
残り四周、エアロアバンテとラウディーブルの二台はコーナーごとにインとアウトを入れ替えながらコースを進んでいく。
奏は、コース中間のバックストレートで二位を進んでいたノンプレーヤーをパス。ラウディーブルも同時のオーバーテイクを狙うが、ホイールスピンでタイムを失う。最終の高速コーナー《パラボリカ》で再び差は一秒以上に広がった。
「このまま逃げ切るわ! エアロアバンテ、ストラトモード6!」
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