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結局、ミーティングは一時中断となり、六人で連れ立って浴場へと向かう事となった。「大浴場」と呼ぶにはコンパクトで、十人も入れば手狭になりそうだった。
立ち込める蒸気に包まれながら、秀美は黙々と髪を、体を洗っていく。その背後ではたくみを中心に絶えることなく、笑い声が響いている。小さくため息をつくと、隣から奏がのぞき込む。

「まだ、やっぱり慣れない?」
「ん、いや、大丈夫」
「もうちょっとみんな、年上のいう事を聞いてくれればいいんだけどね」
「年上……そうか、三年生は奏だけか」
「そうなのよ、もう疲れるわ」

あきれた風をよそおいながら、奏の口元には笑みが見える。

「楽しそうだな」
「え?」

不意に放たれた秀美の言葉に、素っ頓狂な声が出てしまう。

「私の知っている奏は、もっと、いつも思いつめたような、真剣な表情ばかりだったから」
「……そう?」
「選手権が始まる前、久しぶりに会ったときも、基本的にはそういう感じだった。でも今は、すごくリラックスしているようだし、ミニ四駆を、レースを、楽しんでるっていうのがよくわかる」
「そうね。まあ、大変というか思い通りにいかないことばっかりだけどね」
「思い通りにいかないからこそ面白いんだよ、レースは」

秀美が立ち上がる。褐色の、すらっと伸びた手足と、ぴんと張り詰めた背筋に奏は圧倒され、思わず後ずさる。
お先に、と言い残して秀美は浴槽へ歩いていく。すでに湯に浸かっているメンバーから歓声が上がった。奏は頭から湯をかぶって、その後を追いかけた。

「決勝のマシンか……」

あゆみが浴槽の中で腕を組む。

「あら、あゆみちゃん、ここでミーティングやっちゃうの?」
「うーん……」
「そうね、私は、一台はあゆみちゃんのエアロサンダーショットでいいと思うけど」
「それ、ボクも賛成!」

しぶきを上げながら、たくみが輪に加わる。

「そうだな、私もそれが自然だと思う」

秀美の言葉に、たまおが静かにうなずく。

「じゃあ、一台は決まりね」
「そうすると、もう一台が問題だな」

奏と秀美のやり取りによって、議論が進んでいく。

「せっかく《エンプレス》に加入してもらったんですから、例のニューマシン、マッハフレームを使わせてもらうのはどうです?」

あゆみが尋ねるが、秀美は首を小さく横に振る。

「あのマシンは、まだ熟成されていない。それに、駆動系もエアロサンダーショットとは異なる部分が多い。あまり勧めたくはないな」
「ただ」

全員が秀美の言葉に納得しかけたとき、たまおが口を開いた。

「違うシャーシで、作戦を分けることもできます。モーターは片軸で使いまわせるのだから、一台はFM-Aでも問題ないのでは」
「それも確かに」

たまおは言いたいことを言い終えると、湯に肩まで浸かりなおす。

「でもでも!」

たくみが手足をじたばたと動かす。

「やっぱり同じシャーシで統一した方が便利なんじゃないかな。パーツだけじゃなくてセッティングとかも流用できるし」

跳ねた水滴が奏の顔にかかる。

「そうよねぇ……」

奏は頬に手を当てた。

「あの……」

ルナが細い声をあげた。

「ちょっと、のぼせてしまいそうなので、そろそろ上がりませんか……」
「あっ、そうね、大変! じゃあここは一旦引き上げましょう」

六人が一斉に立ち上がり、水面が大きく、激しく揺れた。