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「ほう……ここで赤井に会うとはな」

すでに食事を始めていたもう一組の団体、「《ミニ四駆選手権》出場チーム」の一人が、秀美を見て言った。床につきそうなほど長く伸びた髪の間から、するどい眼光がのぞく。

「それはこっちのセリフだ、氷室」

秀美が負けじと、睨みをきかす。

「げっ……氷室……ってことは、氷室蘭と《フロスト・ゼミナール》……」

苦々しげに、奏が言う。氷室蘭は、その声に微笑みながら、奏を見た。

「ご名答。君たちは……ナゴヤのホテルで見かけて以来だな」
「そ、そうなりますかね」
「そこまで警戒することもないだろう。今日は別に、レースをしに来たわけでもあるまい」

透けるような白い肌に浮かぶ微笑みが、かえって恐怖感をあおる。他のメンバーは、蘭のやりとりに動じることなく、黙々と箸を進めている。

「レースをしに来たんじゃない、っていうなら、そういう態度はやめてくれないか、氷室。私と違って、この娘たちはお前の扱いに慣れてないんだ」

秀美が身を乗り出す。

「私は、別に君たちを威嚇したつもりはない。せっかくだから、まあお互い楽しくやろうじゃないか」
「どの口が……」
「まあまあ、いま《すーぱーあゆみんミニ四チーム》の皆さんのお食事もお持ちしますので……」

迫力に圧倒されていたゆのが、慌てて厨房へ駆けてゆく。

食堂は長いテーブルに十二人が並んで座るようになっていた。《フロスト・ゼミナール》は五人で座っているため、端にいる蘭の向かいには誰もいない。その隣に秀美が、はす向かいに奏が座る。あゆみは、奏の隣に座った。

「それにしても赤井、うれしいぞ。お前と決勝で会えるなんて。瀬名と万代、おそらく羽根木も、きっと喜ぶ」

蘭が、刺身を口に運びながら言う。

「別に、私は氷室たちを喜ばせるために参加したんじゃない」
「うむ、わかっている。ところで噂に聞いているぞ、ニューマシン、マッハフレームはなかなか良いらしいな」
「どこで聞いてきたのやら……」

秀美はため息をついた。

奏は、蘭と秀美を交互に見つめる。ふたりとも一年生で決勝に進出してから、ミニ四チューナーとして競ってきた。その間、どんなやりとりがあったのかを知るすべはないが、半年前までろくに連絡を取っていなかった自身よりも、はるかに近い距離感ということは奏にも理解できた。

《すーぱーあゆみんミニ四チーム》のもとに、前菜が運ばれてくる。かわいらしく盛り付けられた三種の前菜を、奏は注意深く口へ運んでいく。

「この間のレース、万代が乱入してきたんだろう」
「ああ」

蘭の問いかけに対し、秀美の答えはあくまで冷たい。目線をやることもなく、目の前の料理に集中している。

「でも結局、直接やりあわなかったんだろう?」
「ああ」
「連れないな。私も映像は見ていたよ。同じFM-Aシャーシのマシンだがセッティングの方向性はまるで異なる。実に興味深い」
「見てたんだったら、くどくどと私に聞かなくてもいいだろう」

秀美は吸い物を口に運ぶ。

「秀美と一緒に、もう一台走っていたマシン……なんだっけか」

蘭は首を傾げ、上を向く。

「エアロアバンテ、ですよね」

いらだちを隠そうともせず、奏が言う。

「そう、エアロアバンテだ」

蘭は手をたたく。

「君は……ひょっとして、あのエアロアバンテのチューナーかい」
「そうですけど」
「ほう……」

値踏みするような視線が、奏の顔、全身を巡っていく。得体の知れないものがはい回るような違和感に、奏は震える。

「正直、万代との接触はいただけなかったな。終盤に向けて余力を残していたのなら、もっと早くからベースアップしていても良かったはず」
「ぐ……」

蘭の的確な分析に、奏は返す言葉がない。順位をコントロールするために、秀美のマッハフレームが予定していたスピン。それにどう対応するかばかり考えて、レース戦略どころではなかったのが事実であった。

「私もARシャーシ、シャドウシャークを使っているからわかる。何というか……本気でやっていたかい?」
「やってましたよ!」

挑発的な蘭の態度に、奏が声を荒げてしまう。

「奏」
「会長」

あゆみと秀美が同時にいさめる。

「ごめんなさい……でも……」

奏はうつむき、箸を置く。

「そういうなら、見せてほしいな。君の……えーと」
「恩田、奏です」
「そう、恩田さんの、エアロアバンテの実力をさ。ちょうどここには《バーサス》もあることだし」
「氷室、勝手に決めるな」

秀美が身を乗り出すが、蘭の口元から笑みが消えることはない。あゆみ、ルナ、たまおとたくみは、これまでのやり取りに口を挟むこともできず、成り行きを眺める事しかできない。

「どうせなら、赤井も付き合え。2対2ならエキシビションとしては適当だろ」
「む……」
「えっ……」

秀美と蘭、そして奏、三年生どうし三人の視線が交錯する。その様子を、ゆのは止める事もなくじっと見つめていた。胸の前で抱えた盆を握る手に、力が入った。