「ねー、会長、どうするんです?」
「会長……さすがに、何と言えばよいか……」
たまおとたくみの、冷たい声が部屋に響く。責められる側の奏は、布団をかぶって部屋の隅で小さくなっていた。
「大会前に他チームと練習試合とは、自分たちのポテンシャルをわざわざ公開するようなものですね」
ルナが、湯のみの茶を吸いながら言う。
「だったら、ルナちゃんや早乙女ずのマシンで、何とか切り抜けるとか」
「ダメだ」
あゆみの軽口を、秀美がばっさりと切り捨てる。
「私と奏、二人が指名されたんだ。しかも切っ掛けはこっち側にある。こうなったら、逃げるわけにいはいかない」
「うう……」
奏は部屋の隅から、さらに隅を目指して丸くなっていく。秀美は腕を組んで、ため息をつく。
「なあ、奏……ひとつ考えたんだが」
つぶやくように言った秀美に視線が集まる。
「このレースで、先にゴールしたマシンを決勝で使うってのはどうだ?」
「《エンプレス》、それってどういう」
あゆみが身を乗り出す。
「一台を涼川さんのエアロサンダーショットに決めた以上、やっぱりモーターは片軸でそろえる方が安全だと思う。そうなると私のマシンか奏のマシンになるわけだが、さっきも話していたように、エアロアバンテにするにせよ、マッハフレームにするせよ、パーフェクトとはいかない」
「その通りです」
ルナが真剣なまなざしを向ける。その背後で、布団の山がもぞもぞと動き、眼鏡のレンズが光を反射する。
「考えていても仕方がない。それこそじゃんけんやくじ引きでもいいんだろうが、それじゃ味気ないからな」
秀美が微かにほほ笑んだ。おう、とたくみは小さく感嘆し、たまおは大きくうなずいた。
「ちょうどいい機会だろう。これで、奏が最初に言った三つの目標が全部こなせる」
「ひとつめは、決勝で使うマシンを決める。ふたつめは、それを使って練習をやる」
あゆみが、部屋の隅にまで届くよう、声を張り上げて言った。布団の塊の動きが止まり、しばし震えたかと思うと、布団が大きく跳ね上げられた。
「みっつめは、チームとしての結束を強める」
立ち上がり、足に力をこめ、右手を強く握りながら奏は言った。眼鏡の位置を直し、大きく息を吸った。
「わかったわよ、秀美、今度こそ」
覚悟が決まったがゆえの言葉ではなかった。むしろ、覚悟を決めるためにあえて口に出しているように聞こえた。
「みんなも、それでいい?」
好きにしてほしい、と言わんばかりに目を伏せ、たまおは微笑む。握りこぶしを突き出して、たくみは奏を鼓舞する。ルナとあゆみが、笑顔を見せる。
「これは、決まり……と受け取っていいんだな」
秀美に目を合わせてから、奏は咳払いする。
「ごめん、私、この間からほんと、みんなに迷惑かけてばかりで……。だけど、今度こそやってみるわ。今度こそ、エアロアバンテの持って力を全部出してみせる。だから、このレース、私にやらせてほしい」
あゆみを起点にして、小さな拍手が起こった。秀美も、恥ずかしがりながらも手をたたいた。
「会長、ここは前向きにとらえましょう。去年の準優勝チームなら、練習相手に申し分ないってことで」
あゆみの言葉に、奏の足元が揺らぐ。
「あっ、準優勝……そっかぁ……」
「あれっ、忘れてました? でも今更やめるなんて、もう無理ですよ」
「わ……わかってるわよ!」
奏の声が、部屋を飛び出して廊下にまで響き渡った。